ご訪問いただき、ありがとうございます。 


当時、現地へボランティアに赴き、忘れてはいけない、どうか1人でも多くの方に憶えておいて欲しいと思うことがありましたので、ブログに綴らせていただきます。 


5分ほどあなたのお時間をください。

よろしくお願いします。 

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今日は東日本大震災から10年。 


私は地震と縁の深い形で生まれ育ったこともあり、東北の方々の力になりたいと、ボランティア活動を行いました。 
2011年当時は未成年で親の反対もありましたので、初めて行ったのは2012年。そこから友人たちと一緒に毎年5回行きました。 

現地には、ボランティアに来た人のために提供されている宿泊住宅があり、そこで自炊しながら何日間か活動。時々被災者の方のご自宅に泊まらせていただいたこともあります。 

瓦礫撤去のボランティアは、足りていなくても来てくださる方が大勢いましたので、私たちは被災者の方々に炊き出しを行い、お話を聞きながら寄り添うボランティアをしていました。 

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皆さん共通してお話しされたのは「1番つらいのは、つらい気持ちを言える人がいないこと」でした。 

東北の方々同士でも、ご近所付き合いのあった方とは別々の仮設住宅へ避難することになりましたし、 
東北以外の地域では、1年もするとだんだん思い出されなくなっていきます。ボランティアの数も減ります。 

なので、見ず知らずの方、毎日を普通に笑って過ごしている方に、つらい気持ちを何度も話すことが出来ずに苦しんでいる方が大勢いらっしゃいました。 

幸いにも、私たちのようなボランティアをきっかけに仮設住宅での交流が深まり、つらい気持ちを打ち明けられる存在が出来た・生きようと思った・遠方にも話をして良い存在がいると分かって安心した、と仰っていただき、こちらもまた生きる活力をいただきました。 
抱き合ったり握手して、よく泣きあったのを覚えています。 

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数年経つと、今度は仮設住宅から復興住宅(新たに建てられたアパートやマンションの家)に移ることになり、せっかく仮設住宅で深まったご近所付き合いが、また離れ離れに。孤独を感じてしまう方が多かったです。 

私はこの辺りから就職もして、なかなか現地へ赴けなくなってしまいましたが、恐らく今も根強く残っている問題だと思います。 
コロナの影響もあり、きっと寂しくつらい思いをしている方が増えている気がします。 

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何度目かのボランティアで、3/11に現地で追悼式に出席しました。 
その際、私と同じ年頃で当時学生の方が 
「両親を失いました。私は進学で上京。東京では、みんなが当たり前のように毎日を過ごしていて、あの日のことなんて忘れていて、誰にも話せない、その疎外感と孤独に毎日襲われて、辛いです。」 

泣きながら仰っていました。 
私自身も毎日震災のことを思い出しているわけではないので、聞いていて胸が痛かったです。 

追悼式では、1年間で新たに分かった亡くなった方のお名前(行方不明者だった方)の一覧が、献花台にズラリと並んでいました。 
献花の際にようやく親族や知人の名前を見つけて、泣き崩れる方もいらっしゃいました。 

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■憶えておいて欲しいこと 
きっとまだ、お名前が見つかっていない方、つらい気持ちを閉じ込めたままの方がいらっしゃいます。 

被災者でない方にとっては「あの日から10年」ですが、被災者の方にとっては、今も今後も続くことであること。 
身近に、被災してつらい気持ちを閉じ込めた方がいるかもしれないこと。 


思い出す機会があったとき、1人でも多くの方に、憶えておいていただければ、という気持ちで綴りました。 
もし近くにつらい気持ちを抱えている方がいらっしゃったら、お話を聞いて欲しいと思います。それが1番の支えになります。 


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最後に、被災された方、現地で被災されていなくても近しい方を失った方々の心が、少しでも軽くなり、癒される日が訪れることを祈っています。 

お読みくださり、また、お時間をいただき、ありがとうございました!