文革の40数年後、舞台は21世紀に入りました。

主人公は汪淼(ワン・ミャオ)ナノマテリアルの研究者です。

科学者の自殺が続いたため調査を依頼されます。汪は、自殺者の中に知り合いの楊冬(ヤン・ドン)の名前があったことから「科学境界(フロンティア)」という名の団体に潜入することを承諾、彼女が残した言葉「物理学は存在しない」の謎を探ることになります。

《時と場所が変わっても物理法則は変わらない》はずなのに、同一の粒子、同一の衝突エネルギー、同一のパラメータ(規定要因、条件)で行われた高エネルギー粒子加速器の実験で、毎回異なる結果が表れたことで《物理法則が不変ではない》ことに気付いた科学者たちは混乱します。そして、ゴーストカウントダウンを“見た”汪淼は、「三体」という名のVRゲームに入ります。ようやくSFらしくなってきた!

私はこの類のゲームには無縁だし頻出する用語にもうといのですが、ログインするたびに変わる時代設定がなかなか良くできていて面白く、大いに楽しみました。ゲーム部分だけを紹介します。◎はゲーム終了時に表示されるテキストの要約。

 

①最初は文王(姫昌)に率いられる中国古代王朝の周、あの極悪非道といわれた紂(ちゅう)王支配下の殷と勢力争いをしています。伝説上の三皇のひとり伏羲(ふっき)まで出てきます。

◎文明#137は戦国期まで達して崩壊

  「三体」では、極寒不毛の乱紀と穏やかで文明も進む恒紀がランダムにあら

  われるのですが、その理由が3つの太陽出現の不規則性。(このあたり、3つ

  の物質の不規則な運動性を示す、三体問題を前面に出している、ナルホド)

 

②次にログインしたのは墨子が活躍する春秋戦国時代(紀元前5~4世紀)。太陽運行を予測するために様々な機械が考案されます。孔子までちらりと姿を見せる爆  笑 

  酒見賢一さんの『墨攻』をちゃんと読んでおくべきだった、反省。

◎文明#141は炎のなかで滅亡、後漢レベルに到達

 

③新しいアカウントでコペルニクスと名乗ってログインしたら、教皇グレゴリウス一世にガリレオ、アリストテレス、ダ・ヴィンチ、遺体となったジョルダーノ・ブルーノ(コペルニクスに影響されたあげく火あぶりになった自然哲学者)。火刑に処せられるところを危うく逃れた汪淼・コペルニクス。

◎文明#183は中世レベルまで達し、三太陽の日により滅亡

 

④「三体」はレベル2に。ログインして出会ったのはライプニッツと決闘をしていたニュートン、そしてジョン・フォン・ノイマン。太陽運行の法則をとくための計算方法を求めて東洋へやってきたのは、始皇帝に会うためでした。ここで披露されるのは0と1で演算する原理をなぞる人列コンピュータ。直列する3つの太陽あらわるびっくり

◎文明#184は三恒星直列による引力のため滅亡、科学革命・産業革命レベルに到達

  この章はハヤカワ文庫:現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』に

  荊軻(けいか)と始皇帝の駆け引きを描く短編「円」と改題して収録。

 

⑤5回目にログインしたら国連本部ビル。その前で大道芸人よろしくヴァイオリンを弾いていたのはアインシュタインで、ビルの裏では巨大な振り子が。

  アインシュタインは音楽好きの母の影響で、ヴァイオリンの手ほどきを受けて

  います。けっこう巧かったらしい。

3つの太陽によってまっぷたつになった惑星は、進化の過程を辿り文明も再生したはずでした。しかし、恒星の呼吸によって一つまた一つと惑星が吸収されるようになり、三体人は別の惑星目指して出航することに。

◎文明#192は三体問題に解が無いことを証明、新たな故郷探索の旅へ

 緊急事態につき、「三体」のサーバーはやがてシャットダウン

 最終ステージへ直接ジャンプ

 

⑥目指すは最も近い4光年の距離にある恒星。

  4光年先にある恒星といえばプロキシマ・ケンタウリ。ケンタウルス座α星A・

  Bとともに三重連星をつくっているので、物語の3つの太陽を思い浮かべる。

◎三体文明の新世界遠征の旅は続くが、ゲーム「三体」は終了

 

物語では、科学者たちが良湘加速器実験基地で宇宙との交信を試みたり、データ解析用のスーパーコンピュータに関わる場面があります。衝突実験のために高エネルギー粒子加速器が北米とヨーロッパ、中国に設けられたと書かれています。

ここで連想したのは、1997年につくばに設けられた「高エネルギー加速器研究機構(KEK)」のTRISTAN(置換可能加速交差リングの英語頭文字による略称。オシャレな名づけですが、現世では成就しなかったトリスタンの愛を象徴するかのように、トップクォークなどは発見できなかった・・・)。

それにスイス・ジュネーブ郊外にある欧州素粒子物理学研究所(CERN)のヒッグス粒子探索のための大型ハドロン衝突型加速器LHC。

そして、研究者たちが瞬時にアクセスできるように考案された世界中を網羅するWorld Wide Webと、そのためのプログラミング言語HTML。

中国では宇宙の基本的理解を目指して、最大の「円形電子陽電子衝突型加速器」の設置を計画中です。場所は始皇帝にもゆかりのある秦皇島市(河北省)、湖州市(浙江省)、長春市(吉林省)、長沙市(湖南省)などが候補に挙がっているそうです。

『三体』読者から、加速器のある良湘とはどこだ?という声が上がっているそうですから、この施設ができたら、ファンは大いに盛り上がるのではないでしょうか。

 

秦皇島市には万里の長城の東の外れにあたる渤海湾に突き出した山海関があります

明の初代皇帝洪武帝(朱元璋)が作らせました