今読んでいるのは『亡き王女のためのパヴァーヌ』と同じ著者、パク・ミンギュの『ピンポン』(齊藤真理子訳)です。こちらも翻訳がみごとです。

もはや“直訳か意訳かとか、誤訳あるいは名訳”を超える域にまで達したらしい言葉の名人たちの仕事に、日々感謝している私です。

たしか鴻巣友季子さんと齊藤真理子さんの翻訳をめぐる対談があったはず・・・と探してみたら、ありました。

 

本『翻訳、一期一会』 鴻巣友季子 左右社 2022年初版

この本は、鴻巣さんが様々な方と翻訳について語り合う「翻訳問答シリーズ」の3冊目になります。齊藤さんはソウル延世大学に留学され、パク・ミンギュ作品はじめたくさんの韓国文学を訳しています。

このシリーズは共通のテキストをそれぞれが日本語に訳して、その過程で得たことについて話し合うという形式です。斎藤さんとの章のテキストは『風と共に去りぬ』(部分訳)。鴻巣さんは原文から直接、斎藤さんは韓国語に訳されたテキストを使って日本語に訳しています。この作業で、日本語と韓国語の語感や文法上の類似性が見えてきます。こどものころ、韓国の新聞を見たときに(当時は漢字ハングル交じり文だったので)なんとなく読めてしまったことに驚いたことがあります。文章の構造が似通っており、日本語と同じように韓国語にも漢語が浸透していて漢字で表記できる単語が多かったからですね。ハングル表記になった今でも、漢語由来の単語はたくさんあって、その点でも日本語との共通性が多いのです。そんなわけで、ほかの言語よりも韓国語のほうが訳しやすいのかもしれないと思っていました。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』や『ピンポン』を読んでいると、敬語の表現方法に日本語との類似性がうかがえる場面がたびたび出てきます。敬遠や尊敬の気持ちのほかに、相手との距離感や気おくれ、あるいは強者に対するへつらいの感情も敬語(丁寧語)の使い分けで表現しています。

というようなことが確認できたので、残り6割を切った『ピンポン』を大車輪で読もうと思います。

 

なお『翻訳、一期一会』の最後に

【「多言語の交錯するほうへ」―『歩道橋の魔術師』を通じて】と題して、呉明益・温又柔・鴻巣友季子(通訳=天野健太郎)の鼎談が再録されています。

台湾の文学界や台湾語と中国語、言語的ジレンマ、日本語からの借用(そういえば、現代中国語に日本製漢語が占める割合が大きいと聞いている)・・・などなど刺激的で示唆に富んだ内容です。