本『両京十五日』Ⅰ凶兆 馬伯庸(マー・ボーヨン)齊藤正高、泊功訳

            ハヤカワ・ポケットミステリ2024年初版

李氏朝鮮が脅威を抱いていた中国・明王朝、そこでは必ずしも盤石とはいえない政権を維持するためにどのような抗争があったのか?兄弟・叔父甥・いとこ同士など肉親が、互いに皇帝の座を争っていました。

ざっくりまとめると、策略に長け、チャンスを逃さず、土壇場を切り抜ける知恵と信頼で結ばれた仲間を持っているものが生き残る―という冒険活劇の本道のようなエンタメ小説です。

 

主人公は太子朱噡基(しゅせんき:皇太子、後の第5代皇帝宣徳帝、在位1425~1435)、于謙(うけん:実在の政治家、宣徳帝とその息子たちの時代まで皇帝を補佐した)、架空の人物:呉定縁と蘇荊渓の4人。

朱噡基は、父洪煕帝の命を受けて遷都の準備のために南京へ向かいます。当時南京では地震が頻発していました。父重体の知らせを受けた朱噡基は急ぎ北京に向かいますが、その途上繰り返し命が狙われることに。何度も危機に見舞われながらようやく淮河の流れにのります。〖Ⅰはここまで〗

読むうえで、『倭国伝 中国正史に描かれた日本』(藤堂明保ほか訳注 講談社学術文庫 2016年第13刷)に載る『明史』の地図が役立ちました。特に南京応天府~長江~大運河~京師(北京)順天府の道筋を追うのに助けられました。願わくば明時代の南京と北京の地図もあれば・・・・、ポケミスに地図が載ったことはなかったかも。

 

著者は、『明史』などに残る短い記述をもとに、洪煕帝の突然の死、朱噡基の疾風のような帰還と即位、途中に仕掛けられた叔父の朱高喣による太子暗殺未遂などをつなぐ物語を生み出しました。正史の隙間を埋めるかのように、民衆の間で語られてきた白話小説(『三国志演義』や『水滸伝』など)の伝統が脈々と流れているのが実感できます。とにもかくにも早く読みたくて、図書館から借りた本を大急ぎで片づけました(ハン・ガン『少年が来る』は後回しにしちゃったてへぺろ)。

『景福宮の秘密コード』で取り上げられた、ハングルを創出した李朝第4代国王世宗の時代は、この物語の主人公朱噡基の後継者、朱祁鎮(しゅきちん:第6代皇帝正統帝、第8代皇帝天順帝)と重なります。朱祁鎮は北方のオイラトに捕われて人質になるなど、対外的には傲岸不遜の明国皇帝も、国内的にはけっこう厳しい状態にあったようです。この時も忠実に皇帝を助けたのが于謙です(残念ながら政敵の誣告によって陥れられ処刑されました)。