本『殺人者の記憶法』キム・ヨンハ(金英夏) 吉川凪訳 クオン2017年初版

 

クオン社の「新しい韓国の文学」シリーズの1冊で、キム・ヨンハは1968年生まれです。

自称殺人者だという俺キム・ピョンスは70代でアルツハイマーと診断されています。

街中から離れた竹林の一軒家が彼の住まいです。

何をしたか(過去)、何をしようとしているか(これからの予定)、無くなってしまう記憶を掬い取ろうとして残された記録という形をとっています。

認知症の老人の独り言やつぶやきなので、客観性は無く断片的で時系列もばらけていて、まるで映画のフラッシュ・バックのような手法です。脈絡のない彼の記憶によって朧気に浮かぶ“事実”が、はたして本当にあったことなのかどうか。

くりかえし語られるのは、迷宮入りした連続殺人は自分のしたことだということ、父殺しが初めの殺人だったこと、最後の殺人は25,6年前だったこと、罪の意識が無い自分を自覚していること、近所で頻々と起きているらしい連続殺人、詩の教室、事故で知り合い連絡先を交換した男、守りたいのは娘の命、犬、娘が殺人鬼に狙われている疑い、自宅をうかがう不審者・・・・。

なかなか“エグイ”展開で、認知症の頭の中をのぞくかのような印象を与える一人称語りが成功しています。面白い!お薦めです。

  *キム・ピョンス語録から*

  鑑識が現場と呼ぶのは俺の詩だ

  人間は時間という監獄に閉じ込められた囚人だ

  認知症の人間は壁が迫ってくる監獄に閉じ込められた囚人だ 

こうしたタイプの小説が受容されていて、ノーベル文学賞の噂もある韓国の文学的環境は侮りがたいと思います。(繰り返しになりますが)世界の目が日本・韓国・中国ばかりではなくほかのアジアの国々にも向いてきているのは喜ばしいことです。

 

☆札幌中央図書館さま

「新しい韓国の文学」シリーズは書庫にひっこめることなく手に取れる場所に揃えておいてください! 

空いた棚はあるのに、刊行から10年経たずで書庫行きにするなんて、本(物語)の寿命をどう考えているのでしょう。

実際に読んで面白さを紹介できるような、読み巧者な図書館員や司書はいないのかしら?まことに嘆かわしい。