本『風配図』 皆川博子 河出書房 2023年 初版

 

中世バルト海交易に重要な位置を占めていたのがゴットランド島でした。

今はスウェーデンに含まれています。港湾都市ヴィスビューはかつては独立国で、11世紀以降はハンザ同盟の一員として栄えました。リューベック(ドイツ)とノヴゴロド(ロシア)の中継地であり、毛皮・塩・琥珀・穀物などが盛んに取引されていました。

この小説は、12世紀半ばのゴットランドで起きた難破船の積み荷の帰属をめぐるリューベック(ドイツ)と、地元の農民と商人の利権争いが発端です。

決着をつけるための決闘裁判をきっかけに、外の世界に目覚めた農民階級出身の少女2人が読み書きを覚え、外国語に習熟し、商人としては認められないながらも自立してゆきます。共同体の掟からはみ出し、ふるさとから離れざるを得なかった彼女たちが、知恵を絞って逞しく生き抜く姿は清々しくも頼もしく映ります。

言葉の違い:ゴットランドの言葉・リューベックの言葉・ロシアの言葉

  異なる言語が飛び交う交易の現場では通訳と辞書も必要 

  この時代、この地域のリンガフランカは何語だったのでしょう?

宗教の違い:キリスト教のほかに土俗の宗教や迷信が支配的なゴットランド

  ロシア正教のノヴゴロド、主教座のあるリューベック 

  国際交易都市に欠かせないのは、商館と各宗教の聖堂

身分の違い:商人と農民(富裕層と貧困層でも違う)、貴族、人とみなされず

  生殺与奪の権利は所有主が握っている奴隷 奴隷以下の放浪芸人

女性の地位:財産の有無・未婚・既婚・寡婦・後継ぎとなる子がいるかどうか

  など与えられた条件によって社会的立場が異なる

ほかにも、商習慣の違い、海賊/盗賊、海難事故など、波乱に富んだ物語を彩る要素は多様です。

 

空前の繁栄をもたらしたからには、ハンザ同盟の各都市は共通の法律によって厳密に運営されて来たのかと思っていましたが、違っていました。より有利な交易条件を求めて虚々実々のやり取りが展開されます。度量衡や通貨の交換レートはどうだったのでしょう。交渉力がモノを言うからこそ通訳の力量が問われるし、正確な通訳の為には辞書が必要、というわけです。

海賊や盗賊対策のために、事前にお金を払って襲われないようにする(必ずしも安全を保障していない)などは現在の紅海周辺の海賊の跋扈を彷彿とさせます。

ノヴゴロドはロシア最古の都市のひとつで11世紀には自治権を持ち、民会の選挙でノヴゴロド公が選ばれるなど、ヴェネツィアと同じような政体を布いていたようです。

 

詩歌・戯曲など形式を変えつつ進む物語、バルト海に吹く風に押されるようにすいすい読み進んでしまいました。

地図と登場人物紹介のほかに、地図と人物表を記した別刷りの紙があって、頁をひっくり返す煩わしさが無くてありがたかったです。