本『突囲表演』 残雪 近藤直子 河出文庫 2020年初版

 

ノーベル文学賞にいちばん近いひとりと言われて久しい中国の女性作家の作品です。

日本語訳は1997年に単行本が刊行されました。

(原作タイトルの読みは tu wei biao yan に近いようです)

残雪(ツァン・シュエ)は1953年生まれ、両親は極右のレッテルを貼られ過酷な生活を送ります。小学校卒業時には文革が始まったこともあり、中学進学はできませんでした。様々な職業を転々とした後、30代になって専業作家になったそうです。

1988年中国で刊行されたのがこの作品で、一読してよくこれが本国で出版されたなぁと思いました。もっとも、性的な表現部分は大幅にカットされたそうですが・・・。

読み始めて私が真っ先に思い浮かべたのは(帯に挙げられた)カフカではなく、しっちゃかめっちゃか行く末のわからなさという意味で、ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』(リブログ)でした。

 

どこからか引っ越してきて以来、五香街(ウーシャンチェ)の人々の価値観や日常をかき回し、不安に陥れているX女史一家。当然周囲の住人はあれこれ噂話をし、その結果X女史のイメージはさっぱり要領を得ないものになります。X女史ばかりか、その夫やQ男史も同様です。

この噂話を映すかのように作者は饒舌すぎる文体で、噂に明け暮れる小さな街区の鬱陶しさをみっちり描きます。原作が漢字だからか訳文も漢字が多く、頁がとっても窮屈にみえることを発見。(欧米の翻訳物はもう少し風通しが良いのでは?⇦個人の感想です)

噂が噂を呼び、住人の妄想によって伝説化するX女史には、あろうことか夫公認のQ男史(女史にたいする造語?)という恋人までいます。OとかPとかYとかDとか・・・・ほかにも愛人がいる?

  “筆者”は「・・・・X女史がしたことのすべて―いわゆる姦通―は、もともとQ

  とは関係がなく、QでもYでもどうでもよかった・・・・」などとぬけぬけと云っ

  たあげく、「・・・・筆者でさえあやうくその罠にかかって大きな過ちを犯すと

  ころだったのだから・・・・」街の住人も、ましてや読者もまんまと担がれる

  ことになります。

いや、こうなったら担がれたまま楽しむのが正しい読み方でしょう。

そして、X女史と事件のまわりをぐるぐる回った(ここらあたりがカフカを連想させるのかと)あげく思わぬ方向へと突き進む、これぞまさに囲いを破る包囲突破。

「表演」は演技の意味だそうですが、だとすると・・・・・?

残雪の作品としては読みやすいほうだそうです。読者を選ぶかもしれませんが(好き嫌いがわかれそう)、私はとても面白く読みました。お勧めです。

 

目次

物語に先立つ紹介

 (一)X女史の年齢およびQ男史の外観について

 (二)X女史の従事する職業

 (三)Xと寡婦、ふたりの「性」に関する異なった意見

 (四)Q男史、その人と家庭

 (五)ある改造の失敗

 (六)X女史が漠然と男に対する感じ方を語る

物語

 (一)物語の発端に関するいくつかの意見

 (二)いくつかの暗示的な要件

 (三)追随者の自己表明

 (四)Q男史の性格

 (五)X女史がのっぴきならない事態に直面する

 (六)どちらが先に仕掛けたか

 (七)残ったすべての問題をどう説明するか

 (八)寡婦の歴史的功績と地位の合理性

 (九)Q男史とX女史の夫の曖昧な立場

 (十)われわれはいかにして不利な要素を有利な要素とし、

    X女史をわれわれの代表に選出したか

 (十一)X女史が足取り軽く、五香街の広い大道を明日へと向かう

 訳者あとがき

 解説 突破せよ、女たち! 斎藤美奈子