お休み前にぼちぼち読んでいるのが『芥川龍之介全集』(岩波書店)。

その3巻に「戯作三昧」「首が落ちた話」「地獄変」「悪魔」「蜘蛛の糸」などに混じって「袈裟と盛遠」が収められています。

この作品のもとになったのが『源平盛衰記』「津の巻 第十九」にある

「彼(か)の文覚は渡辺党に遠藤左近将盛光が一男(長男)、上西門院(鳥羽天皇皇女、統子内親王)の北面の下臈なり。・・・生年十八歳にて、いとほしき女に後(おく)れて髪を切りて遁世しき」文覚の剃髪にまつわるエピソードです。

袈裟御前と盛遠はいとこで、人妻である袈裟に横恋慕した盛遠が袈裟の母、衣川を人質にとって思いを遂げようとします。袈裟は夫を殺してからでないと・・・と迫り、濡れた洗い髪を目印に、と約束します。しかし盛遠が首をかいたのは愛しい袈裟で、この事件のあと仏門に入ります。袈裟はこのとき16歳でした。

芥川龍之介はしきりに袈裟の容色の衰えを書いています。

しかし、実像は人妻とはいえまだ少女。そのうえ「青黛の眉の渡(美しい眉のあたり)、丹くわ(赤い花)の口つき愛愛しく、桃李の粧(ふっくら瑞々しい容貌)ふようの眸(ぱっちりした瞳)もっとも気高くして、緑の簪雪の膚(黒髪に白い肌)

・・・」(『源平盛衰記』)と形容されるほどの美少女ですから、いとこだろうと、人妻だろうと少年のはやる心は分からないでもない。一途に恋焦がれて、あげく“夫を殺して”という囁きを真に受けたのもしかたがないですね。

龍之介の筆によると、二人はすでに少年少女ではなく、盛遠に起きた利己心に凝り固まった卑しい恐怖を感じ取り、盛遠が見抜いた自分の醜さに打ちのめされ、憎まれながら苛まれる無残を袈裟に独白させて、考心・貞節を持って語られていた袈裟の像をがらりと変えてしまいます。

疑心暗鬼にかられつつ殺人を犯す盛遠よりも、袈裟の人物像をより複雑にして物語として(面白く)成立させた龍之介って、ほんと、いけずやわぁ。

 

なお、タイトルにしたのは、盛遠の独白のあとに聞こえてくる今様(はやり歌)で、

  ただ煩悩の火と燃えて 消ゆるばかりぞ命なる と結びます。