敬老の日に映画を見てきました。
テーマから、描かれる内容は十分予測できる映画だったので、敢えて見るかどうか迷ったのですが・・・・。
「シモーヌ」 2022年フランス オリヴィエ・ダアン監督
2時間20分の長編です。
主人公は強制収容所の生還者であり、後に欧州議会議長を務めるなど、理念だけではなく実際に行動する政治家だったシモーヌ・ヴェイユ(1927~2017)です。この点で生前は無名に終わった同名の哲学者シモーヌ・ヴェイユ(1909~1943)とは大きな違いがあります。
*政治家シモーヌは建築家ジェイコブの娘で、結婚後ヴェイユ姓に。
哲学者シモーヌは医師ヴェイユの娘。兄は高名な数学者アンドレ・ヴェイユ。
1974年通称ヴェイユ法(中絶法)という違法な中絶による危険や、望まない妊娠から女性を守る法律を可決します。また、1979年には欧州議会議長に選出されます。彼女のこうした経歴がどのように築かれていったかを描くのが、この映画です。
まず、科学者としての経歴を途中で断念せざるを得なかった母親の後押しがあったこと、仕事を持った自立した女性になるように、繰り返しシモーヌに説く母親の言葉は大きな支えでした。
次に、強制収容所経験です。人種・性別などによる差別への嫌悪と平和希求の強い願いが培われました。犯罪者やエイズ患者、植民地からの移民への強い偏見があった時代に、公平な態度をつらぬいたシモーヌの揺るぎない信念に共感します。
1944年バカロレアに合格したその日、ドイツ兵に身分証の提示を求められ(ドイツ発行の偽旅券を持っていたにもかかわらず)拉致されます。
私の疑問は、なぜ、ジェイコブ家ではドイツの(偽)旅券が入手できたのか、ドイツはなぜ偽旅券を発行したのか?です。勘ぐると隠れユダヤ人をあぶり出すための手段だったとも思えるのですが、どうでしょう。
その後は悪名高いフランス国内のドランシー通過収容所を経てアウシュヴィッツへ輸送されます。姉のひとりはユダヤ人であることを隠して抵抗組織に入っていてシモーヌとは別に捕われ、後にラーヘンスグリュック女性収容所に収容されるものの、人種を隠し通して生還しました。
戦況が悪くなりソ連の足音が近くなると、収容者はいったんベルゲン=ベルゼンに移されさらに移動を余儀なくされます。この移送が有名な死の行進のひとつです(ホロコースト記録によると、アウシュヴィッツなどポーランド国内からとブヘンヴァルト&ダッハウから、死の行進は’44~’45年の冬に数度にわたっています)。
戦後、行方の分からなかった父と兄ジャンの追跡の場面があります。二人はドランシーを経てリトアニアのカウナスに送られたということです。カウナスはポーランドのユダヤ人が大勢避難していた町です。私はこのくだりで、ひょっとしたら二人はカウナスの日本領事杉原千畝によって・・・・と、つい、妄想してしまいましたが、残念ながらカウナスを最後に足跡が追えなくなってしまいます。
*この部分をぼんやりと聞き流した夫 ほんと、なに聞いてるの?
後に(たぶんホロコースト記念館の)銘板に記されたジャン・ジェイコブの
名がちらりと映りますが・・・
こうした過去がフラッシュバックして度々シモーヌを襲い、また政治家として名を成すにつれて、繰り返しアウシュヴィッツ生還者であることが引き合いに出され政治的立場を脅かします。映画では、時系列として整理せずに、むしろ、シモーヌの記憶から断片的に拾い上げる形で描写するので、日本人には(とっちらかって見える)分かりにくさがあると思われます。
私はたまたま様々な記録を通して知っている事柄だったので、戸惑うことなく見ることができました。分かりにくさを感じたかたはより深い理解のために、ネットなどで調べてみてはいかがでしょう。偏見、差別、などについて考えさせられる映画です。お薦めします。
予告 シモーヌ役はエルザ・ジルベルスタイン
追記
カタカナ表記では同じになりますが、ヴェイユのスペルが違います。
政治家シモーヌ=Veil
哲学者シモーヌ=Weil
ドイツ発行の偽旅券については、
① レジスタンス組織や個人が印刷した精巧な偽旅券
② ドイツ人貴族を妻に持つカウフマンという政府高官が発行した偽旅券
フランツ・カウフマンはユダヤ人だったが、キリスト教徒で法律家
ユダヤ人を意味するJマークを免除されて政府内にとどまっていた
多くの潜伏ユダヤ人協力者を使って偽旅券を発行し同胞を救う
1944年、偽造が発覚し射殺された
『沈黙の勇者たち』 (岡典子 新潮選書)による
③ 各種偽旅券に業をにやしたドイツが発行した隠れユダヤ人摘発目的の旅券
などがあるそうです。
このほか、各国が色々な名目で査証(ヴィザ)を発行しています。