本『虐殺器官』 伊藤計劃 ハヤカワ文庫〔新版〕 2022年 第29刷

 

友人(の息子さんの蔵書)から借りたのですが、あまりにも面白くてついに買ってきてしまいました。面白いけれど、紹介するのが難しい小説です。

〔新版〕は2010年に文庫化したものに、著者と円城塔の対談「装飾と構造で乗り切る終末」を追加収録して2014年に初版が刊行されました。

 

未来のある日、手製の核爆弾で消失したサラエボの街、監視網の中で“安全”な生活を送るかに見える市民、途上国で頻発する民族闘争や内戦、過酷な日常を送る一方、母親の生死の決定権をゆだねられる主人公、倫理感も感情もメンタルケアでコントロールされた有能な暗殺者の一人語りで物語は進みます。

虐殺器官とは何か?という問いが、喉元に引っかかったトゲのようにしじゅう意識せざるをえませんでした。

“殺戮の文法ともいうべきことばがひき起こす紛争”というこの小説が描き出すイメージは、確かに恐るべきものです。しかし、虐殺へと誘う“言語学的に構築された周到なことばの具体像”がなかなか結びにくいためか、いたってドライな印象です。描写される主人公の内面の不定形で不安定なありさまが、むしろ痛ましく感じられました。

主人公の口を通して語られる示唆に富んだ哲学的ともいえる考察が、この小説の魅力のひとつだと思います。振り返ると、対談のタイトルにもなっているように、確かに“装飾(修辞)と構造で乗り切った”感がします。