「もういい加減にしてよ。
何度、同じ事を言わせるの。ふざけるな。
たった一つのお願いくらい、守ってよ」
怒りの余り、あらん限りの罵声を彼に浴びせる。
大好きなのに。何で分かってくれないの。
こんなのって、ひどい。ひどいよ。
彼との出会いは、二年前。
ひと目見た瞬間、私の心は鷲掴みにされ、それ以来、私は彼の為に尽くし続けてきた。
私の想いはやがて彼に届き、私達は心を通わせるようになった。
私の足音が聞こえると、彼は玄関まで走り出る。
「おかえり。どこに行ってたの? 寂しかったよ」
その声に応えるように彼をギュッと抱きしめると、胸の奥がじんわりあったかくなる。
愛おしくてたまらない。大好き。
出会えて本当に良かった。
懸念していた息子と彼の関係も、至って良好。息子もすぐに、彼に夢中になった。
「もう、彼のいない生活は考えられないよ。大好き」
じゃれ合う二人の姿は、まるで親友のよう。
大変だった息子の受験期。
マダオは早々に高鼾をかいて眠る中、彼だけはそっと私たち母子の側にいてくれた。遅くまで灯りの下で寄り添ってくれるそのぬくもりに、どれほど救われた事だろう。
「遅くまで偉いね。ぼくも、ずっと一緒に起きているからね」
この二年間。
私は、彼にずっと一つだけお願い事をしてきた。どうしても、守って欲しい約束だったから。分かってくれなくても、諦めず優しく粘り強く言い続けて来たつもり。
なのに、なのに。
どうして分かってくれないの。
三日前、同じ事で怒った時、次の日彼はとてもしょんぼりしていて、遂にようやく分かってくれた、私の想いは届いたのだ、と思ったのに。
裏切られた絶望と哀しみと怒りでごちゃまぜになった感情を、彼に思いっ切りぶつける。
「こんな事も分かってくれないんじゃ、もうあんたと暮らせない。何で、いつも私を困らせるのよ。バカ」
怒りを露わにする私に、怯えながらも必死に追い縋って来る彼。
「ねえ、怒るの止めてよ。怒られるの、イヤだよ。大好きだよ、ぼくを見て」
足元に纏わりつく柔らかい身体の感触に堪らず、私は彼の背を撫でる。
こいつ、前回はしょんぼり反省モードだった癖に、甘えて私の怒りを和らげる作戦に出たな。
意外と賢いじゃねーか。
「疑惑のゆるふわボディー大作戦」になんか、負けないぞ。負けないんだからね。
「ちっ、近寄るな。お母さんは、怒っているの」
「もう怒らないで。ねえ、遊ぼうよ。撫でて」
大きなつぶらな瞳が、私の顔を覗き込む。
私の気持ちが和らいだ一瞬の隙をついて、足に身体を擦り付け、じゃれつくメル。
どさくさに紛れて、マウントをとりだすメル。
こら、お母さんは怒っているんだぞ。
足から顔を出すんじゃない。
こら、ペロペロは止めなさい。
かわいすぎるぜ、こんちくしょー。
メルよ。
お前が身に付けるべきは、母を骨抜きにするスキルじゃない。
頼むから、トイレでおしっこをしてくれ。
おもらしだけは、勘弁してくれ。
君の目標「脱.おもカス(おもらしカステラ)
