学校から帰宅した幼男子。
鞄を置くと同時に、何やら慌てた様子で話し始める。
「大変だよ、ママ。
今日、学校で自己紹介をしたのだけれどさあ。
家が、◯◯や△△(いずれも紛うことなき超高級住宅街)で、学校に徒歩や自転車で通学している奴が、結構いた」
「そっ、それは凄いわね。
流石、大都会の中学校。
世帯年収、いくらやろか」
「しかも、皆それを聞いても驚く事無く、そうなんだ、と普通に受け止めているんだよ。
うち、もう内心無茶苦茶びっくりしてさあ。
こんな田舎から通っている、なんて恥ずかしいから、◯◯市から通っています、と誤魔化したよ」
「別に、田舎者を恥じること無い。
駅名を言った所で、こんなマイナー駅を知っている人の方が少ないぞ。
田舎からはるばる通学しています。
最寄り駅は、20分に1本しか電車が来ません。この間、駅前に(タヌキさんの通り道)と可愛いトンネルが作られていました。
自然だけは豊かだから、近くの用水路に白鷺や鴨もよく見かけます、でへへ。
くらい言えば、インパクト抜群だぞ」
「絶対に嫌だよ、そんなの。
うち、恥ずかしいから港区出身とか嘘をつこうかな」
「お止めなさい。
産地偽装は、スーパーでも中国産ウナギを日本産と表示したら、大問題になるのよ。
埼玉県出身の癖に、出身は東京です、と嘘をついていたマダオと同じダサい行為よ」
「ええっ、ダッサ。
マダオと同じは嫌だなあ。
じゃあママ、学校も遠いし高級住宅街に引っ越そうよ」
「家中ひっくり返しても、そんなお金は無いし、何なら生まれ変わっても無理じゃ。
母が大金を手にする方法は、宝くじに当選するしか無い。
家どころか、私は君の学校から来た四月の引き落とし額のお知らせに震えておる。ううう」
「ああ、格差社会じゃん。
うちも、お金持ちの家に生まれたかったなあ」
「ママだって、高級住宅街に住んでエルメスのバーキンを持って闊歩したいわ。
大体、お坊ちゃまに憧れるなら、先ずはアイスクリームの蓋についたアイスを舐め取る行為をお止め」
「小学校では、アイスもヨーグルトも皆蓋を舐めていたよ。金持ちは、舐めないのか。
ママだって、残り少なくなった歯磨き粉のチューブを切って使ったり、スーパーの半額シールに目を輝かせるの、止めた方が良いよ」
「学校で友達に、ママの好物は半額シールと広告の品だよ、と言ってはダメよ。
とにかく、産地偽装はおやめなさい」
全く、我が息子ながら器の小さい奴め。
母は願う。
君が6年間で立派な漢に成長し、皆の前で
「田舎者です〜。最寄り駅は、20分に1本しか電車は来ないだよ。
君達に、電車が行ったばっかりで、何も無い駅で20分、ひたすら次の電車を待つ絶望は分からないべ。
では、自己紹介がてら歌います〜」
と吉幾三の「おら東京さ行くだ」を熱唱して拍手喝采を浴びる日が来ることを。