担任のほっとして緩んだ表情を見て、ふと気付く。
この先生、疲れた顔をしているな。
自分の周りしか見えていない幼男子が気付く程、不登校の子の親と先生は揉めていて、しょっちゅう電話で呼び出されている、と言っていたものな。
きっと私から、どれだけ責められるだろう、とハリネズミみたいに全身に針をおっ立てて、防御していたのかな。
だから、電話一本掛けられなかったのだ。
誰だって、責め立てられたくはないもの。
同世代の担任の疲れた横顔に、心の中で語りかける。
ねえ先生。担任の先生と保護者という関係でなかったら、もっとざっくばらんに話せたかもね。きっと絶対、気は合わないけれど。
でも先生。多分やり方は、下手だと思うよ。
いくら中受が嫌いでもさ。
あんな呪いの言葉を吐かないでよ。
うちの子、担任にこんな事を言われた、とママが言っても無駄だから言わないでね。
担任の暴言で、怒った親が電話をしても、先生は言っていません、と言うから揉めている、という話をクラスメイトから聞くから。
だからママは揉めないで、と言っていたよ。
水掛け論でやり合うのは、誰かを責め立てるのは、エネルギーと時間の無駄遣いに過ぎない。だから私は今、気力も無いので、何も言わない。
だから先生も、息子がまた登校出来るように協力して下さい。お願いします。
私はこれ以上、あの子に自分は駄目な子だ、というレッテルを貼って欲しくない。
「私は、一人の我が子を見るだけでも本当に大変なので、クラス全体を見なければいけない先生は、本当に大変かと思います。
手の掛かる子ですが、あと少しですが、最後は笑って卒業させてやりたい。
その為に、受験が終わったらまた相談させて下さい」
「ぼくも、彼に伝えたい事が有って。
運動会の練習の時も、体育の時も、確かに幼男子君は出来ないけれど、いつも真面目に準備と練習に取り組んでいました。
もっとふざけている子は、いるので。
だから、先生は幼男子君の真面目な姿勢は評価しているよ、と伝えて下さい。
あと、今ぼくの事は怖いおじさんだ、と思っていると思いますが、彼の事を嫌っている訳ではない、学校に来るのを待っているよ、と伝えて下さい。
お母さんが、学校に対して前向きに考えて下さっていて良かったです。
こちらからも、電話をします」
あのね、幼男子君。
君は、大人はちゃんと大人で、しっかりしている、間違わない、と思っているかも知れないけれど、実は違うのだ。
君の未熟な母は、こういう時、どうふるまうのが正しいのか、どうすれば良いのか、しょっちゅう考えていて、幼い頃に考えていた大人の姿と今の自分の姿の差に、唖然としているのだ。
そして私が見る限り、そういう大人は多いのだ。
だから、いちいち大人からの叱責に必要以上に落ち込むのはやめなさい。
不甲斐ない母だけれど、今日の私は頑張った。絡まっていた毛糸の束を、少しだけほぐして来た。学校の事は、ひとまず終了。
受験が終わってから、また頑張るか。
すぐに元気に登校、とはいかなくてもさ。
先生との関係は、ちょっとだけ修復出来たから、この上なく面倒臭くて、この上なく手の掛かる君が、笑顔で卒業出来るように、じっくり付き合ってやるよ。
不甲斐ない私は、ぐっと空を見上げる。
群青の空に白い月。
誰も知らない、私のちょっとだけの頑張り。
私自身に、ちょっとだけのご褒美。
帰りに、コンビニでスイーツでも買って帰ろう。結局、二人分買ってしまうけれど。