英検の一次試験は、無事に合格出来た。
ベネッセの学力推移調査は、まずまず![]()
(※注:あくまでも我が家基準で)
そして、中間試験は凹凸が凄かった。
母が伴走している英語は、まずまず。
母がスケジューリングを始めた代数は、良かった。
なぜか本人が好きらしい生物は、かなり良かった。
そして。
酷語は、いつも通り。最早、通常運転につき母は驚かぬ。
歴史は、轢死体にされた上、海に投げ捨てられて溺死したのか、という点数だった![]()
しかし。
もう、母は息子の酷語と溺死に関わりたくないのだ。
思い出すは、二年前の中学受験。
母の得意科目であるにも関わらず、息子には酷語と溺死に酷いアレルギー症状が有るらしい。
酷語の記述はどれ程やっても書ける様にはならず、終いにはTOMASのお姉さん先生が「確実に記号問題を正解させるテクニック」の伝授に移行。母は柔和先生と「記述問題が殆ど出題されない男子校」について議論を交わし、併願校選出の基準とした。
歴史に至っては、蘇る5年後半の悪夢。
比較的苦労しなかった地理の3倍の時間を掛けても暗記が出来ず、母がどれほど人物や出来事のエピソードを語っても奴の頭には全く入らなかった![]()
幼男子が泣きながら放った迷言
「クラスの奴の名前を覚えるのも大変なのに、何で死んだおっさんの名前なんか覚えなきゃいけないんだよう」
一日かけても社壊の宿題が終わらない地獄。
他教科の勉強時間が減り、成績が急降下していく地獄。
でも、中学受験の性質上、歴史を捨てる訳にはいかず、親子で泣いたあの日々。
もう絶対に、奴の酷語と轢死には関わりたくない。母は伴走のせいで、大好きだった現代文にも日本史にも、拒否反応が出た位なのだ![]()
例え歴史が過去最低の36点というとんでもない点数を叩き出したとしても、知るもんか![]()
大学受験で、選択しなけりゃいいもんね。
ははは。ハアー![]()
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母、科目間の凹凸の激しさに、密かな願いであった「大学くらいは、学費の安い国公立大学に行って欲しいなあ」という願望をそっと胸の奥底にしまい込む。
「中受の時に、あれ程時間を掛けた日本史、さすがに少し位は覚えていないの?」
「日本史アレルギーだから、無理。
何とか受験までは保たせたけれど、終わった途端に全部忘れた。
全く頭に入って来ない」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
母、自身が化学アレルギーを起こし、全く化学式が頭に入って来ず、再再試まで受けた記憶があるので、強くは言えず。
今思うと、母校の先生偉かったなあ
幼男子の学校、英語と数学しか追試はないものなあ
追試基準も、無茶苦茶低いし。母校、平均点以下は問答無用で全教科、補習の上追試だったぜ
しかーし。
歴史を諦めた今「学年平均よりも上」という、ささやかな目標を達成するには、もう少し酷語で点数を取らないとどうにもならぬ。
なんせ轢死の点数、平均−35点⋯⋯⋯。
母、見たくもない酷語の答案用紙に目を凝らしてみる。
配点20点の漢文、0点![]()
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「漢文、簡単やで。
はっきり言って、君が読解で点数を上げるよりも余程楽や。ちょっと教科書をお見せ」
幼男子、嫌そうに教科書を出す![]()
「漢文のルールは、簡単です。
レ点はひっくり返して読む。
ここに「一」と「ニ」があるやろ?一度「ニ」を飛ばして、「一」を読んでから「ニ」に戻るの。
ここに「下」とあるやん?「下」より前に「上」が来るはず。だから同じ様に一旦飛ばして、「上」を読んでから「下」を読むの。
子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。
而は置き字と言って、読まない字。
それは覚えるしかない。簡単やろ」
「本当だ。無茶苦茶簡単じゃん。楽勝。
でも、復習する事の何が悦ばしいんだよ」
「ママも何が悦ばしいんだ、とは思う。
それよりも君、授業中は睡眠学習に勤しんでいたのかい?それとも隠れスマホに勤しんでいたのかい?」
母曰く「汝在学堂、勉於睡眠学習乎、将又勉於潜弄携帯乎。
嗚呼、何其可嘆也」
本当に、整わぬのう。