息子は、運動面の発達がとてもゆっくりした子だった。

寝返りが10ヶ月、つかまり立ちとハイハイが1歳一ヶ月。


睡眠障害で寝られない故の癇癪やパニック。

発達の遅れ。それらにすっかり参っていた私は、小さい息子を連れて電車を乗り継ぎ、リハビリセンターや児童精神科に通い詰めた。



3歳過ぎの頃。

息子の動きを観て、医師と理学療法士はあっさりと診断を下した。


「発達性協調運動障害ですね。

本来上手くいく筈の脳から筋肉への指令が、上手く伝わらないのです。

お母さん、ちょっと動いてみて」


そして数分後。


「うん、間違いなくお母さんもそうだ。

遺伝的なものです。努力次第で、どうこうなるものじゃないから、悩んでも仕方が無い。


ここの部分に労力を費やしても、普通の人の水準にまでは届かないでしょう。

運動面は、究極歩ければ生きていけます。

不便ではあると思いますが、学生時代を乗りきれば大丈夫。


ただ、おそらく100人に1人位の割合での不器用さである事、運動面や技巧性では苦労する事、そしてそれは決してお母さんや息子さんが悪い訳じゃない、という事を覚えておいて」



正直、息子がそうである事を受け入れるのには時間も掛かった。いっぱい泣いた。

でも、自分自身については、驚きもショックもなかった。


やっぱり、そうか。

そうでないと、今までの人生説明がつかないもんな。100人に1人位なら、もうどう仕様もないな。



幼男子に教えなければいけない事が、山のように有る。勉強だけでなく。

自分がいなくても、生きていけるように。

人よりもとてもとても苦手な事が多い分「これは得意だ」「これはできる」そう胸を張れるものを、自信を持てる事を見付けてあげたい。

劣等感に苛まれても、自分の核となる自信を、自分を好きでいられる武器を、持たせてやりたい。


どんな事があっても生き延びていけるように、私の知っている事は全て、教えておきたい。


生き延びる力。

具体的にそれが何なのか、よく分からないまま、涙が出そうな程強く願う。


生きてほしい。

勉強が出来た方が良いとか、周りとうまくやって欲しいとか、幼男子に願う事は山ほどあるけれど、その根源を突き止めると、結局そこに辿り着く。


私は、幼男子に生きて欲しい。

そこそこ笑って、そこそこ楽しく、ご機嫌に生きて欲しい。

「良い子」じゃなくたっていい。

ただそれだけ。


ねえ幼男子君。

きっと私は「正しい」母じゃない。

でも君にとっては、きっとこれが正解じゃないか、と思うんだ。

「例え上手く出来なくても、クラスの皆と一生懸命やる事が大切です。出来なくても、誰も責めませんよ」

そんな「正しい意見」に私は笑顔でこう答える。

「そうですね」

そして、家に帰って君と一緒に笑い合う。


「うっせー、うっせー、うっせーわ。

ここまで出来ない事に、やる気なんか出ないよねえ。クラス対抗で勝ちたい、と思う皆の気持ちも当たり前だし、先生が知らないだけで、責められるのも当然じゃん」


プールの無い学校。体育などの副教科に、ほとんど力を入れていない学校。

それが正解な子も、ほんの少しは存在する。

「出来なくても一生懸命頑張る」

その正しい姿でなかったとしても。


「分かって欲しい」

そう願うけれど、100人に1人位しかいない子を理解しろ、という方がきっと無理が有る。

だから、環境を選べるなら選ぶのが、きっと多分正しい。


でも近い未来、昨今急激にLGBTへの理解が深まった様に、DCDへの理解も深まるかも知れない。私や君は間に合わなかったけれど、いつか学校で、団体競技は参加不参加が選べる様になって、出来ない子は裏方として参加出来るようになればいい。
劣等感に苛まれる子が、少しでも減ればいい。

そう思っている。


永遠のゴールド免許証。

私はこれからも、きっと使うことのないゴールド免許を更新し続ける。 

それは出来ない私が、必死にやってみた証。

そして「努力ではどうにもならない事が存在する」という事を心の底から理解できた証。



「ママが運転出来ないなら、うちが大きくなったらさ。完全自動運転の車を開発して、ママにプレゼントしてあげるね」

小さなぷくぷくのおててで、母の指をぎゅっと握って、幼き君が交わしてくれた小さな約束。


母は、ひっそり叶えられる日を楽しみにしている。