6つの習慣(池田の一無二少三多)、7つの習慣(ブレスロー)、8つの習慣(森本)等、世に流布する健康習慣はいろいろありますが、(医学研究に基づいた)その元祖はブレスローの7つの健康習慣(朝食を欠かさない、間食しない、飲まないか適量までの飲酒、標準体重維持、禁煙、7~8時間の睡眠、活発な運動の習慣)でしょう。

これらついては何度かお話しした事がありますが、このうちいくつの健康習慣を持っているかで、余命が予測できるという点でブレスローの7つの習慣が医学界にかぎらず一般社会でも一躍注目されるようになりました。たとえば、国民栄養調査で、朝食の欠食率をしらべるのも、この影響ではないかと想像しています。
1960~70年代のアメリカでの疫学調査に基づく内容なので、現代の日本人には必ずしもベストマッチではないとも言われますが、誰でも知っている常識的な習慣ばかりです。「1無2少3多」や「8つの健康習慣」等、その他提唱されている健康習慣にもかならず、食事と運動と休養という健康の3要素が入っています。すなわち運動は普遍的且つ代表的健康習慣です。しかし、同時に実践率がもっとも低い健康習慣でもあります。

下記に紹介する論文は、イギリスの1地域の 45–59歳男性2200人の5つの健康習慣(禁煙、適正体重維持(BMI18~25)、食事毎の野菜か果物摂取と脂肪摂取が総カロリーの30%未満、禁酒ないし少酒、定期的運動習慣)と生活習慣病(糖尿病、心血管疾患、ガン、死亡)および認知機能低下との関係を1979年から30年以上にわたって長期観察した内容です。

結果:
1.1979年と2009年の時点で、健康習慣数がゼロの人=7~8%、2つ=35%前後、3つ=18~19%、4つ=5%、5つ=0.1~0.5%で、集団として長期間の大きな変化はなかった。
2.4つ以上の健康習慣がある人は、年齢や社会的階層の影響を補正しても、まったくこれらの健康習慣がない人に比べ、糖尿病、心血管疾患のリスクが半減し、死亡リスクが6割減だった。また心血管疾患の発症も最大12年近く遅かった。
3.ガンはこれらの健康な生活習慣では有意には減らなかったが、非喫煙者は発ガンリスクが2/3と有意に少なかった。
4.1979 年と2004年に実施した読解力テスト(National Adult Reading Test , NART)の結果から、4つ以上の健康習慣がある人は、認知能低下のリスクは1/3と大幅に少なかった。
5.健康習慣が一つ増えれば、これら疾患や認知能低下のリスク、あるいは死亡のリスクが有意に低下すると推定される。
6.5つの習慣の中で、認知能低下や痴呆化抑止にもっとも有効だったのは運動(3.6km以上の歩行か16km以上の自転車での通勤、または定期的な活発な運動)だった。

 対象が男性に限られた研究ですが、長年の生活習慣が健康と寿命そして認知能に影響するという極めてもっともな内容です。問題の核心は、そうはいっても理想的な健康習慣を維持できる人はごく少数(5つすべてという人は100人に1人未満。4つ以上持っている人も5人程度)という認知と実践のギャップだと思います。運動習慣者の割合もこの研究の対象者中ではやはり日本とほぼ同様の1/3程度でした。
 健康を願って運動や食習慣に介入しようとする人間(医療・保健や行政関係者)は習慣は変わらないからこそ習慣なのであって、このように健康に良いと広く認知されている生活習慣であっても、30年以上殆ど実践率は変わらない(健康は無論大事だが、多くの人にとってそれ自体が人生の目的になるわけではない)という事を、認識しておく必要があると思います。

原論文のpdfは:http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0081877

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英文抄録:
Peter Elwood et al.
Healthy Lifestyles Reduce the Incidence of Chronic Diseases and Dementia: Evidence from the Caerphilly Cohort Study

Background
Healthy lifestyles based on non-smoking, an acceptable BMI, a high fruit and vegetable intake, regular physical activity, and low/moderate alcohol intake, are associated with reductions in the incidence of certain chronic diseases, but to date there is limited evidence on cognitive function and dementia.

Methods
In 1979 healthy behaviours were recorded on 2,235 men aged 45–59 years in Caerphilly, UK. During the following 30 years incident diabetes, vascular disease, cancer and death were recorded, and in 2004 cognitive state was determined.

Findings
Men who followed four or five of the behaviours had an odds ratio (OR) and confidence intervals (CI) for diabetes, corrected for age and social class, of 0.50 (95% CI: 0.19, 1.31; P for trend with increasing numbers of healthy behaviours <0.0005). For vascular disease the OR was 0.50 (95% CI: 0.30, 0.84; P for trend <0.0005), and there was a delay in vascular disease events of up to 12 years. Cancer incidence was not significantly related to lifestyle although there was a reduction associated with non-smoking (OR: 0.65; 95% CI: 0.54, 0.79). All-cause mortality was reduced in men following four or five behaviours (OR 0.40; 95% CI: 0.24, 0.67; P for trend <0.005).

After further adjustment for NART, the OR for men following four or five healthy behaviours was 0.36 (95% CI: 0.12, 1.09; P for trend <0.001) for cognitive impairment, and 0.36 (95% CI: 0.07, 1.99; P for trend <0.02) for dementia.

The adoption of a healthy lifestyle by men was low and appears not to have changed during the subsequent 30 years, with under 1% of men following all five of the behaviours and 5% reporting four or more in 1979 and in 2009.

Interpretation
A healthy lifestyle is associated with increased disease-free survival and reduced cognitive impairment but the uptake remains low.



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紹介記事:運動で認知症減少~35年間の追跡研究から

生活習慣と疾病の関連性について35年間にわたって追跡調査した研究から、健康を保ち病気のない生活を送るために不可欠な五つの行動因子が見いだされた、 という報告。定期的な運動、喫煙をしないこと、体重を低く保つこと、健康的な食生活と、アルコール摂取を控えめにすること。

これら五つの生活習慣を、四つでも五つでもコンスタントに継続することによって、認知症と認知的減退の発症を60%程度、何もし ない場合に比べて低下させる事ができるようだ。さらに、糖尿病、心疾患や脳卒中などの罹患率も70%低下していたのだ。これら五つの因子のうち、最も決定 的な働きをしていたのが、運動習慣であった、と研究者は指摘している。

これらの単純な生活習慣の維持によってこのように大幅な疾病罹患率 の低下が見られることは、研究者にとっても驚くべき結果であったようだ。高齢化社会においてこのような研究の成果が持っている意味は非常に大きいものがあ ると研究者は語る。生活習慣のいくつかを改善するだけで、医学的な治療や予防手段を行うよりも効果的であるという事も意味するからである。

し かしながら、生活習慣を改善する、といういわば行動変容は、個々人の責におうところが大きいものでもある。研究によれば、これら五つの好ましい生活習慣を 完全に遂行していた人は少なかった。さらに、研究開始以来、喫煙者総数は年々低下しつつあるものの、完全に健康的な生活習慣を維持している人の数は、
あまり変化していないのである。

最近の調査によれば、英国ウェールズに在住する人々では、この五つの健康的な生活習慣を完全に行っている人は全体の1%未満にすぎないという。これは、大雑把に言って、スウォンジー市の人口(240,000人)と同じくらいなのである。

研 究者によれば、もしも本研究に参加した男性が、35年前に少なくとも一つの好ましい生活習慣を実践する事ができていれば、また、もしも五つのうち半分でも 生活習慣の変更が実行できていれば、認知症では13%、糖尿病では12%、心疾患では6%、総死亡率では5%の低下が見られていたはずである、と推論し た。

本カーフィリー・コホート研究では、南ウェールズ・カーフィリー在住の45~59歳の2,235人の男性の健康的な行動を35年間に わたって追跡したものである。研究では多項目の検討事項が調査され、これまで400を超える研究論文や研究報告として用いられてきた。本研究の目標の内最 も重要なものは健康的な生活習慣、慢性疾患と認知的減退のそれぞれの関係性を35年以上にわたって追跡するというものであり、健康的な生活習慣に行動を変 えることによる変化についてもモニターされてきた。

心臓の健康に良いものは、脳の健康、つまり認知機能の健康維持にも有効であるという事 が再び証明されている、と研究者は指摘する。本研究は,これまでも蓄積されてきた健康的な生活習慣の維持によって認知症の発症リスクを有意に低下させる事 ができるという根拠を補強するものである。これらの大規模那長期的研究は実施コストが甚大であり、またデータの抽出などの作業も複雑になってくるためなか なか頻回に実施することはできないものであるが、認知症が予防可能であるということを理解する為には必要不可欠な方法である、とも研究者は指摘する。まも なく開催されるG8サミットにおいても、このような研究に対するより多くの資金提供が、国家レベル、政策レベルなど、実現可能な段階から行われるようにな ることを期待している、と研究者は指摘した。

出典は『プロスワン』。