
加齢性の筋量損失及び筋力低下の背景にあるメカニズムと、このプロセスを緩和できるような薬が開発できそうだという、コロンビア大学医学センターの研究者らによる研究。
年齢を重ねるにつれて、我々の骨格筋は弱化し細くなっていく。これはいわゆるサルコペニアとして知られる加齢性の症状であるが、この症状は、40歳前後で現れ始め、75歳以上になると加速度的に進行し高齢者の寝たきりなどの主要な原因となっている。運動をすることによってこの加齢性サルコペニアを減弱したり、筋量損失を低下できることはこれまでも知られてきたが、治療法として確立されたものはこれまで存在しなかった。
マウスを用いて行われた本研究によれば、マウスの体内におけるリアノジン受容体チャンネル複合体と呼ばれる細胞にあるタンパク質群からカルシウムが漏出する際にサルコペニアが発生することが分かったようだ。このカルシウム漏出はマウスの筋線維が収縮するのを最終的には阻害するような状態を導く様になってしまうと研究者らは報告している。
リアノジン受容体は、大半の身体組織に於いて見られるカルシウムチャンネルの一つで、本研究のチームによって1989年以来研究が続けられてきた。リアノジン受容体遺伝子のクローニングに成功した後、マウス研究に於いて、カルシウム漏出のあるリアノジン受容体が心不全の進行や不整脈に関連している事が発見されたのだ。2009年に研究者らはこのチャンネルからのカルシウム漏出がデュシェンヌ型筋ジストロフィー (3~5歳の男児に発症するもっとも普通の筋ジストロフィー)に関連している事が突き止められた。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは遺伝性疾患の一つで、急速な筋弱化と早死がその典型的な病態として知られている。筋ジストロフィーとサルコペニアは胸痛の症状を持っていることから、研究者らはリアノジン受容体からの漏出が加齢性の筋損失に於いても関連しているのではないかと仮定したのだ。つまり、加齢によって起こる筋ジストロフィーを想定したのである。この概念は、全く新しいものであった。
加齢プロセスと筋ジストロフィを招く遺伝的機能不全は活性酸素の産生増加を引きおこし、分子に損害を与える可能性がある。研究デ[タから、活性酸素がリアノジン受容体にダメージを与えることでカルシウム漏出を導くという悪循環が見られることが報告された。さらにカルシウムは、『酸素からのエネルギー工場』であるべきミトコンドリアにとっては有害であり、ミトコンドリアからの活性酸素産生を増大させるように働くのだ。このようなサイクルで、カルシウムの漏出がおこるという。カルシウムは筋の収縮にとっては必要な物質だから、漏出してしまうことによって筋活動が弱まってしまうことに繋がるのである。
サルコペニアの治療法も提案されている。S107と呼ばれる実験的な薬が研究者らによって開発された。この薬は、リアノジン受容体をバインドしカルシウム漏出を予防するタンパク・カルスタビン1を安定化させる作用をもっている。研究では生後24ヶ月のマウス(ヒト換算で約70歳程度)に対してS107を4週間投与した。このマウスは筋力と運動許容能に於いて、コントロールマウスに比べて有意な改善が見られたのだ。自発的運動でもより遠く、より速く運動するようになったのである。筋を分析すると、約50%、コントロール群に比べて強化されていたのだ。また、リアノジン受容体が正常である若いマウスにおいては、何の副作用も見られなかった。本薬と同様の働きのある薬は、心不全治療薬として現在第2相の臨床治験が行われている。
この分野に於いてこれまで行われてきた研究は、その多くが筋量を増大させるために筋力を改善する事について言及されてきたものであった。例えば、テストステロンを用いたり、インスリン様成長因子1を用いたりして、如何に筋量を増大させるか、ということに傾注されてきたのである。しかしながら、筋量が増大しても筋機能が改善しない例も多く見られ、新たなアプローチが必要とされてきたのだ。本研究から、カルシウム漏出を予防することができれば、筋機能は改善する事が示唆された。今後、S107のような薬を実用化して、すでに不全を起こしている筋機能を如何に改善するかというアプローチに着目したさらなる研究が必要とされている。