大阪府泉南地域に位置し、
泉南郡に属する岬町
背後に和泉山脈を見て
大阪湾に面して対岸に
淡路島を望み、
緑に恵まれた和泉山脈と
幸豊かな大阪湾に囲まれた、
漁業資源と自然環境に恵まれ
古くから紀伊国や淡路国
四国へ渡る南海道の
交通の要衝でした。
岬公園から県道65号にはいり
深日港から谷川の信号から
暫く進み川を渡らずに
小さな路地を左折
暫くして大きな駐車場がある
そこから徒歩すぐ
産土神社と興善寺がある
興善寺は文徳天皇の勅願により
慈覚大師が創建と伝わる。
天台宗の名高い寺として
栄えてきました。
七堂伽藍配置を構え、
村人から尊崇を得ていましたが
織田・豊臣の兵火により炎上し、
その後元禄時代になって
僧専海が再興し現在に至る
本尊の大日如来坐像は、
釈迦・薬師の両脇侍とともに
国の重要文化財に指定されている。
また興善寺の敷地内にある
産土神社は創建年代は不詳
円仁(慈覚大師)が興善寺を
開墓した時に比売大神を勧請し、
鎮神社として建立したと
伝えられています。
織田信長の兵火に遭って
消失しました。
その後、興善寺の再建とともに
復興されたと言われています。
神仏習合の名残りあり
長閑で立派な佇まいに
暫しゆっくり時間を過ごす
贅沢な休日です。
興善寺
こうぜんじ
泉南郡岬町多奈川谷川
山号 鳳樹山
宗派 天台宗
本尊 大日如来
創建年 852年(仁寿2年)
鳳樹山 興善寺は、天台宗比叡山延暦寺の末寺として、仁寿二年(852年)文徳天皇の勅願寺として慈覚大師円仁が創建されました。旧国宝の「みさき大仏胎蔵界大日如来」「薬師如来」「釈迦如来」をはじめ、本堂(1688)、山門(1736)、鐘楼、不動堂、聖徳太子堂、回向堂、鬼子母神堂と、数多くの仏様を祀るお寺です。現在の建物は、元亀天正(1570年頃)の兵火により焼失後、明暦元年(1655年)中興の祖専海大僧都が紀州粉河寺より興善寺へ来られ、元禄元年(1688年)本堂より再建され今に至ります
産土神社
うぶすなじんじゃ
泉南郡岬町多奈川谷川
御祭神 比売大神
金山毘古
伊邪那岐命
創建年代は不詳だが、宮山・青垣山と呼ばれ、昔から神体山として信仰を集めていた古い歴史のある神社である。隣には仁寿2年(852年)、慈覚大師(円仁)が建立した天台宗興善寺があり、古来より江戸時代まで続いた神仏習合の面影が色濃く残っている。天正2年(1574年)織田信長の兵火にかかり焼かれたが、江戸時代の元禄年間に興善寺とともに神社も再建された。
(Yahoo HPより)
青垣山に鎮座まします祭神伊諾尊、金山彦尊外に八柱の祭神を合祀した宮を産土神社と呼んでいる。仁寿二年(八五二)文徳天皇の勅願により慈覚大師が天台宗興善寺を開基した時に境内鎮守として堂宇を建て比売大神宮を勧請したのが始めだそうである。正和元年西の浜辺に熊野権現が出現し霊験著しく比売神社に勧請した。その後天正二年(一五七四)織田信長の兵火で全山焦土と化したが、元禄年間興善寺再建と共に当社も復興したと思われる。明治になって合祀令により西組の氏神、勝手神社と中組の氏神、春日神社も合祀された。
(境内案内板より)
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Profile 神奈木有紀(かんなぎゆき)
大阪市で広告ディレクターから2014年に独自理論による神奈木流体バランス法を作りセラピストに転身。
神奈木流の成果
http://ameblo.jp/yukibayonetta/entry-12267243176.html
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元気に自然に、ノーファンデ宣言。
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