倭姫姫の元伊勢の旧宿場町、飯高を訪ねて②水屋神社と礫石/神奈木流 体バランス法 | 神奈木流 体バランス法

神奈木流 体バランス法

神奈木有紀(かんなぎゆき)大阪市で広告ディレクターから2014年に独自理論による神奈木流体バランス法を作りセラピストに転身。







奈良県から松阪市街地へ向かう

国道166号線を走り、

飯高赤桶地区に入ると左手に

地名通り赤い桶が見えてきます。
その向かいにあるのが

水屋神社

私自身は昨年に続き

二度目のお参りになる

大和国の春日大社に祀らる

天児屋根命の安在所とされる。

国分け伝説として

この地に由緒があり、

国土安泰、産業繁栄の神として

崇められてきました。
この地で取った水を

春日大社に送る「お水送り」の

儀式は貞観元年(859)より

始まり今に残っています。

「お水まつり」と「お水送り」の

2つの神事があり、

閼伽桶の井から水屋神社へ

赤桶を乗せた水神輿が

運ばれるそうです。
以前訪れた福井鵜の瀬にも

奈良二月堂を結ぶ

お水送りとお水取りがある

そのお水とはオニュウとあり

調べたら水銀だった

この飯高と春日神社を結ぶ祭事

ここにも水銀が取れたのかと

調べたら丹生寺町が近くにあり

丹ニュウは製鉄や水銀に繋がる

たたらの可能性が伺える


















またこの神社境内裏の

大きなクスノキ「水屋の大楠」

樹齢1000年以上と言われ

飯高のシンボル的な存在。

社殿の裏にある御神体

神霊あり厳かに聳える


いわゆる「国分け伝説」で、

神社の東方を約200メートルの

和歌山街道沿い、

櫛田川中にある巨石を

「礫石(つぶていし)」、

また、その付近を「堺が瀬」と

呼んで慕われています。

天照大神が分けた国境。

それぞれの国が栄えたことは

間違い無いでしょうネ☺️





天照大神ご鎮座の地を求めて

伊勢に入られた倭姫命が

この地を旅したとき、

お迎えした飯高氏の族長、

乙加豆知命に「飯高」の地名を聞かれ、

ご飯が茶椀に高々と盛られていると

お喜びになられたそうです。

倭姫命が伊勢巡幸の際、

近くの池で自分の姿をお写しになり

化粧をされたという「姿見の池」もあり

それこそ憧れの美しい女性の

パワースポットでは無いのか?

あぁ😰近くまで行っておきながら

見逃しなんて😂悔しいわぁ





水屋神社

みずやじんじゃ

三重県松阪市飯高町赤桶


御祭神

天児屋根命 素盞鳴尊

天照大神 龍神姫命

神功皇后 櫛稲田姫命

蘇民将来 誉田別尊

多紀理姫命 市杵島姫命

多岐津姫命 武内宿禰

豊玉姫命 大山祇神

宇賀之御魂神 加具土神

乙加豆知命 菅原天神



水屋神社は松阪に縦断して流れている櫛田川流域にある神社で、お水祭りで有名です。
創建は1,000年以上前に、大和(奈良県)の春日大社の安在所として、天児屋根命を奉っています。
安在所とは、天皇が外出したときの仮の御所のことを言います。

648年(大化四年)に、奈良の三笠山から素盞鳴尊と龍神姫尊及び櫛稲田姫尊を勧請(神仏の来臨や神託を祈り願うこと)しました。

710年(和銅三年)興福寺東門院領「閼伽桶(あかおけ)の庄」となり1600年(慶長五年)関ヶ原合戦以降は伊勢領となりました。ちなみに、閼伽とは神仏に捧げる水をいいます。


水屋神社に残る、1373年(南北朝時代文中二年)の棟札(むなふだ)と呼ばれる、建築物の造営や修復の際に、その建物の由緒や建築関係者,建築年月日などを記した札には、大和州閼伽桶庄宮と記されており、三殿並立の朱塗の春日造も明治二十五年現在の神名造に改められました。


閼伽桶の井とお水祭り

清和天皇859年(貞観元年)119日より、春日大社にお水送り(水を奉納)をはじめ、1577年(大正5年)の兵乱で途絶えてしまいました。
平成14年、425年ぶりに復活し、お水祭りでは閼伽桶(あかおけ)の井でくんだ水を、奈良県の春日大社へ神水として奉納しています。

水屋の大楠

水屋神社境内にある水屋の大楠は神木で天然記念物です。
樹齢1,000年以上で根廻り29m、樹高35mあり、春日さま、お稲荷さまを祀っています。


礫石(つぶていし)の伝説

水屋神社の裏の香肌峡600m下流に石灰岩の巨岩があり礫石と呼ばれています。
左岸の上の古道に歌碑あり、1847年(弘化四年)に大庄屋、滝野知雄が、「流れてはむかしに帰る川俣川礫岩うつ水の白浪」と刻み、往古和歌山街道を往来する旅人はこの石に礫を投げ、一度で当たれば男児出産するとて旅情を慰めました。

伝説は、昔お伊勢さま(天照大神)が、白馬に乗って珍布峠(めずらしとうげ)にさしかかられ水屋の森から鹿にまたがった春日さま(春日大明神)が出迎えました。
1
人の神は、伊勢と大和の国境を決めるため笹舟を浮かばせ、巨石を投げ笹舟の留まる処を国境としました。
波で笹舟は川上へと流れて、舟戸で止まりました。波は高見山を越え杉谷村で消えました。
これ以降、高見山が両国の境となったといわれています。

(松坂つーしんHPより)


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Profile     神奈木有紀(かんなぎゆき)

大阪市で広告ディレクターから2014年に独自理論による神奈木流体バランス法を作りセラピストに転身。

神奈木流の成果

http://ameblo.jp/yukibayonetta/entry-12267243176.html

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