寝た子を起こす謝罪、第3者弁済のまやかし…岸田外交は日韓に時限爆弾を残した
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/05091702/?all=1
鈴置高史 (스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)  半島を読む 2023年05月09日

 

(鈴置高史さんのブログ記事)

 

歴史カードが武器の伝統派

――大統領がこれほど明白に「謝罪を求めない」と言っているのに、韓国政府はなぜ、日本に謝罪を求め続けるのでしょうか。

鈴置:韓国の対日外交の基本戦略は「何でもいいから歴史問題で日本に文句を付け、謝罪させて交渉で優位に立つ」です。歴史カードを唯一の武器として愛用してきた伝統的な外交関係者にすれば、謝罪要求の放棄などとんでもないことです。ふらりと外交の世界に紛れ込み、5年後には去って行く大統領は彼らにとって異邦人です。

 外交の司令塔である大統領室の趙太庸(チョ・テヨン)国家安保室長は職業外交官出身。朴振(パク・ジン)外交部長官は今は国会議員ですが、もともと外交官です。

 2人とも表立っては「謝罪」とは言いません。しかし「日本はそろそろ韓国の利益になることをすべきだ」(趙太庸室長)、「日本の誠意ある呼応によりコップは満たされるだろう」(朴振長官)などと、5月7日の首脳会談を前に謝罪を催促したのです。

 水面下での謝罪要求は一見、大統領に忠誠を誓っているように見えますが、そうとは限りません。岸田首相が謝罪に踏み切ったら「謝罪は不要」と語っていた尹錫悦大統領の「読みの甘さ」が際立ってしまいます。多くの国民も大統領に失望するでしょう。今やそうなりつつあります。

 外交当局の面従腹背は日本でも似たようなところがあります。安倍晋三元首相も就任当初はそれに悩み「総理を長くやれば(人事権を発揮できるようになれば)外務省も言うことを聞くようになる」と周辺に語っていたそうです。

 

各紙社説も「謝罪が不十分」


――大統領の言説だけではなく、伝統的な外交専門家の動きも見逃せないということですね。

鈴置:そう思います。世論――5月8日の各紙の社説も「岸田首相の謝罪は不十分だ」との声が大勢です。ハンギョレの見出しは「歴史問題に対する明確な謝罪なしに『未来』」だけ強調した韓日会談」(日本語版)。

 反・尹錫悦の左派系紙だから当然でありますが、保守系紙の東亜日報の見出しも「尹・岸田、『信頼』を越える過去の『和解』なしに未来へ進むことは難しい」(日本語版)と否定的でした。

――残りの保守系紙の社説は?

鈴置:朝鮮日報と中央日報の社説は、会談自体は評価しました。しかし、岸田首相の明確な謝罪がなかったことには反発しました。

 朝鮮日報の「岸田答礼訪問でシャトル外交復元、関係改善カードも切れ」(韓国語版)は、岸田首相の発言に関し「『謝罪と反省』には言及せず、強い遺憾を表明したが、韓国社会が望むほどのものではなかった」と不満を表明しました。

 中央日報の「韓日シャトル外交復元、真の未来協力の歩みになるように」(日本語版)も「初めから満足な結果を得ることはできないものだ」としつつも、結論部分で「被害者の痛みもなだめるなど完全かつ検証可能で後戻りできない関係復元につながるよう願う」と、さらなる謝罪を期待しました。

 韓国人は時々、政府に日本を小突いてもらい、快哉を叫んできました。そのうっ憤晴らしが突然なくなるのには抵抗があるのです。「反日を続けると国が危ない」と考える新聞人がいても、読者のことを考えると「謝罪要求はやめよう」とは書けないのです。

 

岸田文雄、尹錫悦

両首脳が歩くのは“薄氷の上”――(外務省Twitterより)

 

原告の債権は消滅せず

――日韓は「ガラスの関係改善」ですね。

鈴置:その通りです。そもそも、関係改善の出発点となったとされる、いわゆる「徴用工」の解決案自体が「ガラスの解決」なのです。

――韓国政府が日本企業に代わって第3者弁済する、という解決案のことですね。

鈴置:実は第3者弁済になっていないのです。朝鮮日報が4月13日「徴用被害遺族2人、政府の『第3者弁済』賠償金を初めて受け取る」(韓国語版)という記事を載せました。「徴用被害遺族」とは日本政府が言う「旧朝鮮半島出身労働者」の遺族のことです。

 この記事は、日本企業を訴え勝訴した15人の「元徴用工」・遺族のうち2人が尹錫悦政権の示した解決案に従い、賠償金を日本企業の代わりに政府傘下の財団から受け取った、と報じました。記事には以下のくだりがあります。

・被害者遺族が作成した賠償金受領同意書には当初の予想とは異なり、「債権消滅」に関する内容は含まれていないことが分かった。財団側は「『債権放棄』を明示する場合、遺族を圧迫しかねない」との点を考慮したという。外交部当局者は「今回の解決法は最高裁判所の判決に伴う被害者・遺族の方々の法的権利を実現させていくことで、債権消滅とは無関係だ」と明かした。
第3者弁済のまやかし

 朝鮮日報の記者も驚いていますが、日韓で第3者弁済と呼ばれるこのスキームは第3者弁済ではなかったのです。勝訴した原告が日本企業に対して持つ債権を財団に移して初めて第3者弁済になるのに、おカネをもらっても債権は原告が依然持っている。

 原告は今後も、日本企業に賠償金を支払わせる権利――求償権を持ち続けるのです。左派政権が登場すれば、すでにおカネを受け取った原告を煽って日本企業に求償権を行使させる可能性があります。

 聯合ニュースは朝鮮日報を追う形で「強制徴用被害15人中10人が賠償金を受領…尹政府の解決法を受け入れ」(4月13日、韓国語版)を配信しました。朝鮮日報の記事に対する当局の弁解にもなっていて、匿名の外交部当局者の次の談話を報じました。

・過去数十年の訴訟期間を経て今や仕上がった(解決を)受け入れられた遺族の方々が、再び訴訟に出るとは考えていない。

 これまでの訴訟も左派の弁護士が主導してきたのです。遺族がどう考えようが関係ありません。なお、5月9日現在、財団から受け取ることを決めた原告は11人に上ると報じられています。

――財団からおカネを受け取らないと現時点で表明している人はどうなるのですか?

鈴置:残りの4人への賠償金は、財団が裁判所に供託する方針と尹錫悦政権は説明しています。が、合意の無い第3者弁済では供託できないと主張する韓国の法曹関係者もいます。左翼政権になれば、供託が無効になる可能性があります。

 そんな状況下では、日本企業を訴える人がどっと出そうです。尹錫悦政権はこれから訴えても時効のため、原告側の敗訴に終わると説明していますが、左翼の法曹関係者の中には「人権問題に時効はない」と主張する人が多い。

 大胆と自画自賛する尹錫悦政権の解決案はいつ崩れるか分かりません。もともと、韓国最高裁判決の不法性をそのままにして問題にフタをする便宜的な「解決案」なのですから。
「自分の任期中は大丈夫」

――尹錫悦大統領は分かっている?

鈴置:長年、検事をやった人です。分かっているでしょう。大統領も日本企業に対する債権が放棄されるかに関しては微妙な表現をしています。3月15日に掲載された読売新聞の単独インタビューで次のように述べています。

・求償権の行使にならないようにする方法について検討し、今回、強制徴用の解決策に対する結論を下した。だからおそらく、その部分は心配に及ばないと私は判断している。政府のこのような立場、結論によって弁償がされれば、おそらく、これ以上の議論は収まるのではないか。

「おそらく」大丈夫だ、と見ているに過ぎません。自分の退任後はどうなるかは知らないよ、と言っているようにも聞こえます。なぜなら、発言は次に続くからです。

・もちろん、韓日関係を国内政治に利用しようとする政治勢力もたくさんいる。しかし、私はこのような対外関係、外交関係を国家の立場で、持続的に一貫していかなければならないと思う。

 自分の解決案は左翼政権になればひっくり返されるだろう、と予測。そのうえで、彼らは間違っていると非難しているだけなのです。

 

薄氷の関係改善

――岸田首相はこの辺りをどう見ているのでしょうか?

鈴置:3月16日の日韓首脳会談後の会見で「求償権」について聞かれ答えています。

・尹大統領の力強いリーダーシップの下、韓国の財団が判決金等を支給する措置が発表されたと承知している。そうした趣旨に鑑み、求償権の行使については想定していないものと承知している。

 尹錫悦政権の間は大丈夫みたいだけど……という頼りない認識なのです。メディアが謳う日韓の関係改善はガラス――というか薄い氷です。両首脳は薄氷の上を歩いています。下駄を踏み鳴らしながら。いつ氷が割れて冷たい水に沈むか分かりません。

 

 

 

 

 

鈴置高史(스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)
韓国観察者。
1954年(昭和29年)愛知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。
日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。
95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。
18年3月に退社。
著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。
2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

 

 

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