徴用工問題で“速度戦”に失敗した尹錫悦 アベ不在…それでもキシダは騙されるのか
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鈴置高史 (스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)  半島を読む 2023年02月21日

 

(鈴置高史さんのブログ記事)

 

韓国に譲歩したら米国に怒られる

――しかし、日米韓の軍事協力は対中国では機能していません。

鈴置:確かに機能していません。尹錫悦政権が打ち出したインド太平洋戦略で中国は敵としない姿勢を明確にしていて、3カ国の軍事協力は「対中」では動いていないのが現実です。

 J・バイデン(Joe Biden)政権が力を入れる半導体の中国封鎖網にも韓国は加わろうとしません(「どうする韓国、中国が怖くて半導体封鎖に加われないのか 『ホワイト国』に再指定すれば日本も同罪」参照)。

 でも、日米韓の対中包囲網ができないのは日本のせいではなく、韓国の「恐中心」が原因です。日本政府が植民地支配を謝罪すれば、あるいは日本企業がカネを出せば、韓国人に中国に立ち向かう気概が生まれる――わけではないのです。

 むしろ今、韓国に甘い顔をすれば「西側陣営に戻らなくても許される」と勘違いさせてしまいます。それは米国が――バイデン政権こそが一番、分かっている。今後、日本が米国に怒られるとしたら、「韓国に譲歩しないからではなく、韓国に譲歩するから」なのです。
バイデンのメンツを潰した韓国

 尹錫悦政権はスタートするや否や、「韓国に譲歩しないと日本は米国から怒られるぞ」と、執拗に宣伝してきました。日本の中にもそれに呼応する人が相次ぎました。しかし、時間が経つほどに、韓国が主張する「米国カード」の嘘もばれてきました。

「徴用工問題」が片付かなくても、米国は一向に怒って来ない。1月13日の日米首脳会談でもJ・バイデン大統領は岸田首相を叱りつけたりしませんでした。そもそも日韓関係は大した話題になりませんでした。バイデン政権の首脳部は大統領以下、韓国という国が平気で約束を破る国と知っているからです。

 2015年12月の安倍晋三政権と朴槿恵政権の慰安婦合意も当時、B・オバマ(Barack Obama)大統領の下で副大統領だったバイデン氏が保証人になりました。韓国の約束破りを見越した菅義偉官房長官(当時)のアイデアとされています。

 日本政府の予想通り、朴槿恵政権は自分が約束した在韓日本大使館前の「慰安婦像の撤去」を実行しなかった。次の文在寅政権に至っては慰安婦合意により作られた「和解・癒し財団」を解散し、合意そのものを破棄しました。

 米国のメンツは丸つぶれとなりました。「慰安婦」で裏切られたバイデン大統領が「徴用工」で日韓の間を取り持とう、という気にならないのは当然です。

 現在、国務長官のA・ブリンケン(Antony Blinken)氏はオバマ政権でバイデン副大統領の補佐官や、大統領副補佐官を務めました。いずれも国家安全保障担当です。現・国務副長官のW・シャーマン(Wendy Sherman)氏は当時、国務次官でした。



ソウル龍山駅前の「徴用工像」

 

「慰安婦」「徴用工」は聞き飽きた

 韓国が対中包囲網に加わらない言い訳に「日本が謝罪しない」ことを持ちだすのにもバイデン氏は怒っています。2013年12月6日、バイデン副大統領は朴槿恵大統領の前で「本当は中国が怖いからだろう」と看破してみせました(『米韓同盟消滅』第3章第3節「墓穴を掘っても『告げ口』は止まらない」参照)。

 だから2021年1月にバイデン政権が発足すると、直ちに韓国に対し「慰安婦や徴用工を理由に日本と対立を続けるのなら、同盟を打ち切るぞ」と脅したのです。

 東亜日報がバイデン政権の匿名の韓国担当者の発言として報じました。「『最悪に突き進む韓日関係に』…米『韓国に対する期待を放棄するかも』と圧迫」(2021年2月10日、韓国語版)です。

 歴史問題では韓国の肩を持っていた米国の姿勢が明らかに変わったのです(『韓国民主政治の自壊』第3章第2節「『慰安婦を言い続けるなら見捨てる』と叱った米国」参照)。

 日韓関係が改善しない時に怒られるのは、日本ではなく韓国となったのです。米国との関係を修復したい保守の尹錫悦政権は、日本との関係改善に嫌でも動かざるを得ない。それも、慰安婦やら「徴用工」といった歴史カードを使わずに、です。

 

譲歩に見せかけた新たな罠

――そんな状況下で、韓国は日本を騙せるのでしょうか?

鈴置:騙せると思います。最近、一見譲歩するかに見せかけて日本を罠にはめる手口が浮上しています。日本政府が改めて謝罪声明を出さずとも、過去の談話や声明を「継承する」と表明することで「謝罪した」ことにするやり方です。

 具体的には1995年の村山談話か、1998年の小渕・金大中宣言を「なぞる」方法が検討されています。日本政府が出した案と報じられていますが、韓国が水面下で持ちかけた案を「日本案」として公表した可能性もあります。

 ポイントは2月6日、朴振長官が国会でそれを受け入れる、と表明したことです。聯合ニュースの「韓国外相 98年宣言に初言及=徴用問題巡る日本の謝罪で」(2月6日、日本語版)が伝えました。

 日本の外務省はすでに「この案ならいい」と日本のメディアに漏らしていますから、「謝罪」は決着し、後は「賠償」に焦点が移ることになります。外交当局間の交渉ベースでは、という話ですが。

――「談話継承」案の何が問題なのでしょうか?

鈴置:「日本はちゃんと謝っていない」と蒸し返されることが目に見えているからです。いわゆる村山談話――「戦後50周年の終戦記念日にあたって」は主に戦争責任を反省したものです。植民地支配に関しては一言触れただけで「徴用」には一切、言及していません。

 植民地支配も徴用も合法だったとする日本からすれば当然ですが、韓国側からは不満が噴出するでしょう。左派だけではありません。

 駐日韓国大使を歴任した申珏秀(シン・ガクス)氏が東亜日報の「[パワー・インタビュー]徴用問題を解く最後の機会…尹訪日を意識して急ぐな」(2月7日、韓国語版)で「村山談話を繰り返す、確認するということではいけない。この事案に合わせて新たな文案を作るべきだ」と主張しています。

――それなら、1998年の小渕・金大中宣言を継承したら?

鈴置:それもひっくり返されるでしょう。この宣言――正式には「日韓共同宣言――21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」に対しては、韓国の国会が2001年7月に全会一致で破棄を求めました。

 法的に無効になったわけではありませんが、「国会が破棄した宣言をいくら日本が継承しても、謝罪の意思を示したことにはならない」と言い出す人が必ず出てくるでしょう。

 

「謝罪しない日本」こそ望ましい

――いずれ破綻する「解決案」は韓国にとって意味があるのですか?

鈴置:将来、「解決案」が崩壊しても、今現在は韓国は米国に対し「日本との関係を改善しました」と報告できる。日本には輸出管理の厳格化をやめさせたうえ、関係改善の証として通貨スワップ締結などを要求できる。

 スワップ締結は申珏秀氏の持論です。中央日報の「元駐日大使『韓日関係が悪い時こそ指導者は会うべき』」(2019年6月26日、日本語版)で「韓日経済界に良い信号になる」としてスワップ復活を主張しています。

――でも、日本との関係は悪化します。

鈴置:韓国の国益は毀損するかもしれませんが、外交部の「省益」にはおおいに資します。もし、日本が新たな談話で正式に謝ったら今後、歴史カードを使いにくくなるからです。

「日本はちゃんと謝らなかった」ことにしてこそ、歴史カードを温存できるのです。時々、日本を小突いて謝らせるのが外交部の仕事ですが、そのためにもちゃんと謝られたら困るのです。

 申珏秀氏をはじめ、韓国の外交官は日本に対しては歴史カードを武器にするのを常套手段としてきました。それを失うなんて、想像もつかないでしょう。

――「謝罪は『談話の継承』でもいい」は巧妙な罠なのですね。

鈴置:尹錫悦大統領がそれを狙っているかは不明ですが、外交部はそこまで考えているはずです。その計算ができなければ、韓国の外交官ではありません。

――日本の外務省は?

鈴置:日本のメディアに「『談話の継承』案を韓国に飲ませた」と外交的勝利を誇っていますから、今さら修正は効かないでしょう。とりあえず、ボロはでないわけですし。
「アベなきキシダ」なら騙せる

――岸田首相は?

鈴置:安倍晋三元首相や菅義偉前首相は役人に騙されないよう、外務省の息のかかっていない専門家から話を聞いていました。一方、岸田首相にそんなブレーンはいない。外務省がメディアを通じて既成事実を作って行けば、それに乗るしかないのです。

 佐渡金山の世界文化遺産登録の時がそうでした。韓国の外交部は日本の外務省に「登録申請に動いたら“拒否権”を発動する」と威嚇。外務省はそのままメディアにリークして登録断念の空気を作りました(「『アベなきキシダ』なら騙せるはずが… 韓国は安倍元首相死去で右往左往」参照)。

 実際は、韓国に拒否権などありません。ユネスコ世界遺産委員会で3分の2が賛成すれば認められるのです。岸田首相が騙されかけているのを見かねた安倍元首相の説得で、日本政府はようやく登録申請に動きました(「尹錫悦はなぜ『キシダ・フミオ』を舐めるのか 『宏池会なら騙せる』と小躍りする中韓」参照)。
 ただもう、この世に安倍晋三氏はいません。「徴用工」でも、韓国は「アベの不在」に賭けているのでしょう。

 

 

鈴置高史(스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)
韓国観察者。
1954年(昭和29年)愛知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。
日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。
95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。
18年3月に退社。
著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。
2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。