徴用工問題で“速度戦”に失敗した尹錫悦 アベ不在…それでもキシダは騙されるのか
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鈴置高史 (스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)  半島を読む 2023年02月21日

 

(鈴置高史さんのブログ記事)


 対日外交で尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が焦る。「『徴用工問題』の早急な解決」との美名を掲げ日本を操ろうとしたものの、岸田文雄首相がなかなか乗って来ないからだ。韓国観察者の鈴置高史氏が「尹錫悦の作戦ミス」を読み解く。

岸田首相に政治的決断迫る

鈴置:いわゆる「徴用工」――応募工も含まれるため日本政府は「旧朝鮮半島出身労働者」の問題と呼んでいますが、思い通りに交渉が進まない、と尹錫悦政権が苛立ち始めました。

 2月18日、ミュンヘンで日韓外相会談が開かれましたが進展はありませんでした。聯合ニュースの「韓日外相が会談 徴用問題で日本に『政治的決断』求める」(2月19日、日本語版)によると、会談後の会見で朴振(パク・ジン)外交部長官は次のように語りました。

・主要争点について言えることはすべて言った。日本側に誠意ある呼応に向けた政治的決断を求めた。お互いの立場は理解したから、双方の政治的決断だけが必要な状況[である]。

 韓国外交部は1月30日の局長級協議を皮切りに、2月13日の次官級協議、さらには2月18日の外相会談で、韓国政府の解決案を日本の外務省に伝えました。外務省はこれを岸田首相に上げたものの、裁可はすぐには下りそうにない。そこで朴振長官が岸田首相に「早く決断しろ」と催促したのです。

 尹錫悦政権の対日政策のアドバイザーと目される国民大学の李元徳(イ・ウォンドク)教授も「岸田首相ら最高位層の決断が要求される事案だ」と、日本に政治的決断を迫っていました。

 中央日報のインタビュー記事「強制徴用賠償、戦犯企業の参加がカギ…岸田首相の決断が必要」(2月11日、日本語版)での発言です。

日本人が罠に気付く前に

――なぜ、そんなに日本をせかせるのでしょうか。

鈴置:韓国政府が考えるいわゆる徴用工問題の「解決案」は相当にムシがいいものです。日本の国民がじっくりと検討したら反発が高まるのは確実。尹錫悦政権は就任当初から「トップ同士による一括妥結」を掲げ、日本人に深く考える時間を与えない作戦を採ってきました。

 日韓双方の外交当局の発表やリークからすると、韓国政府が今、日本に持ちかけている解決案は以下です。

・韓国政府が所管する財団が「徴用工」やその遺族に対し、日本の被告企業の代わりに賠償金を支払う。その原資は日韓請求権協定で資金を得た韓国企業の寄付などで賄う。
・それに対する「誠意ある呼応措置」として、日本政府は植民地支配を謝罪したうえ、徴用工らを雇用していた会社など日本企業に対し財団への寄付を勧奨する。
・日本はホワイト国(現・グループA)に戻すなど、対韓輸出管理を緩める。その前に韓国はWTO(世界貿易機関)への対日提訴を完全に取り下げる。

「徴用工問題」の原因は日韓国交正常化の際に結んだ請求権協定を韓国最高裁が否認したことにあります。最高裁は判決で日本企業に「不当な植民地支配下で働かされた朝鮮人労働者に賠償せよ」と求めました。賠償に応じれば、正常化交渉で日本が認めなかった植民地支配の不法性を認めたことになるという見え透いた罠でした。

 この判決は条約を否定する国際法違反と尹錫悦政権も分かっている。判決など無視して「徴用工」に対し、韓国政府がカネを払えば済む話なのです。ところが「誠意ある呼応措置」と称して日本に植民地支配の不法性を認めさせようとしている。新たな「罠」です。

 左翼政権だろうと保守政権だろうと、「植民地支配は不法だった」つまり「我が国は法的に植民地になった歴史はない」ことにしたいのは同じなのです。

 

林芳正、朴振

林芳正外務大臣との会談後、“誠意ある決断を求めた”と朴振韓国外交部長官は語ったが…(出典:外務省ホームページ)

 

 

国際司法裁判所では勝てぬ

――尹錫悦政権も判決が違法と認識しているのですか?

鈴置:1月12日、韓国政府は解決案を決める儀式として「徴用工」問題を話し合う討論会を開きました。この場で李元徳教授は以下のように語りました。

・[3つある解決法の1つは]請求権協定第3条の紛争解決条項である。異見がある時は仲裁委員会を構成することになる。さもなければ国際司法裁判所に共同で提訴する手法もある。これらは時間がかかるうえ、結果を楽観できない。

「判決が違法だ」と言い切っていませんが、「国際社会で争えば勝てそうにない」ことは認めています。2018年に最高裁判決が出た後、日本政府が第3条を使って仲裁委員会を持とうと提案した時に、韓国政府は――当時は文在寅(ムン・ジェイン)政権でしたが、無視しました。「勝てない」と判断したからでしょう。

 李元徳教授が典型ですが、「出るところに出たら勝てない」と分かっているからこそ、「キシダの政治的決断」を迫るのです。

「現金化」のペテン

――もともと、無理筋の作戦なのですね。

鈴置:だから尹錫悦政権は「解決を急がないと大変なことになる」とのプロパガンダを繰り広げてきました。まずは「最高裁で勝訴した原告が、日本企業の財産を現金化したら日本政府は対抗措置を採るから大変なことになる」との理屈でした。

 でも「現金化阻止」という宣伝も時間と共に馬脚を現しました。一向に現金化されないからです。「外交部が最高裁に対し現金化を留保するよう求めた」と尹錫悦政権は手柄顔で説明しますが、文在寅政権の時から現金化は実行されていませんでした。

 原告を支援する左派団体の狙いは財団を作って日本にカネを出させ、自分たちの財布にすることです。現金化したら、その目論みが一気に崩れてしまいます。そこで支援団体は日本企業の資産を差し押さえる際、合弁子会社の株式など、現金化しにくいものばかり選んだのです。

――それでも韓国は「関係改善を急がないと大変なことになる」と日本に言い続ける……。

鈴置:それしか手がないからです。日本研究者の朴喆煕(パク・チョルヒ)ソウル大学教授は「現金化に向けた手続きは一時的に止まっているだけだ」と、手あかの付いた理屈を未だに持ちだして日本の譲歩を誘っています。毎日新聞のインタビュー記事「尹政権、求心力あるうちに」(2月14日)で読めます。

 先ほど説明したように、現金化した際「出るところに出れば」韓国が泣くことになるのは確実ですが、韓国側はそれをひた隠しにして議論を進めるのです。

 

大和堆で対潜水艦戦を伝授

――「北東アジアの緊張が高まっている今、韓国と仲良くしないと日本は安全保障上、不利だ」という人もいます。

鈴置:韓国に近い日本の国会議員や学者、記者がそう声を揃えます。「関係を改善しないと、日米韓の軍事協力が円滑に進まない」との理屈です。韓国政府の意向を受けたものでしょう。でも、その嘘も次第にばれてきました。

 実は、3カ国の軍事協力は今や、史上最強の水準にあります。日米韓は日本海での対潜水艦訓練を2022年9月30日に実施しました。

 潜水艦探知の難しい大和堆で、北朝鮮を念頭に対潜戦のノウハウを海上自衛隊が韓国海軍に伝授するという過去にない合同訓練でした(「日米韓共同訓練で韓国の国論は真っ二つに… 迷走の本質は『恐中病』」参照)。

 文在寅政権が壊した日韓の軍事情報交流も元に復しています。2月16日に公表した韓国の国防白書は「必要な情報交流は正常に行われている」と評価しています。聯合ニュースの「韓国国防白書 日本を『近い隣国』に格上げ=関係改善の意思反映」(2月16日、日本語版)で読めます。

 北朝鮮は日米韓の軍事協力体制を強力に非難、2月18日にはICBM級のミサイルを日本のEEZ(排他的経済水域)に打ち込みました。3カ国の軍事協力が北にとって脅威となっている、何よりの証拠です。


「謝罪」無くとも軍事協力は史上最強

 日米韓の軍事協力に関しては、長らく日本が消極的でした。朝鮮半島での紛争への「巻き込まれ」を恐れたからです。しかし、2002年に北朝鮮による拉致問題が表面化した後は、日本国内で対韓接近を阻んできた親北勢力の力が一気に弱まりました。

 しかし、その時には韓国に史上初の親北左派政権が登場していた。金大中(キム・デジュン)政権(1998―2003年)と、それに続く盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(2003年―2008年)です。3カ国の軍事協力などという空気は吹っ飛びました。

 10年ぶりの保守、李明博(イ・ミョンバク)政権(2008-2013年)は日本とGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を結ぶ意向を表明しましたが、中国の圧力で潰されました。政権末期は人気取りのための反日に明け暮れもしました。

 次の朴槿恵(パク・クネ)政権(2013-2017年)は保守ですが親中離米。前政権下で中国の意向を受け、日韓GSOMIAを潰したのも与党の代表を務めていた朴槿恵氏でした。

 もっとも2016年11月、退陣を要求する嵐が吹き荒れる中、朴槿恵政権は日韓GSOMIAを結びました。保守陣営の結束を固め、米国の支持を得るためでしたが、翌2017年3月に政権は崩壊。3カ国の軍事協力は本格化しませんでした。

 朴槿恵政権が倒された後に誕生した文在寅政権は強烈な反米親北派でした。日本はもちろん米国との軍事協力さえも嫌がりました。

 2019年7月に日本が対韓輸出規制の厳格化を打ち出すと、しめたとばかりに日韓GSOMIAの失効を宣言。結局、米国の圧力で同年11月、「失効の停止」を表明する羽目に陥りましたが、軍事情報交流は尹錫悦政権の登場まで絵に描いた餅になりました。

 結局、日本が譲歩しなくとも――政府が謝罪したり、企業がカネを払わなくとも、日米韓の軍事協力はすでに史上最強なのです。