「言うだけ番長はやめろ」と尹錫悦を叱った米国 

広島サミットに招待しても食い逃げされる理由
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/01101700/?all=1
鈴置高史 (스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)  半島を読む 2023年01月10日

 

(鈴置高史さんのブログ記事)


「自由と民主主義の側に立て」と米国が韓国を促した。口先とは異なり、中ロと戦おうとしない尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権にしびれを切らしたのだ。韓国観察者の鈴置高史氏が米韓のせめぎ合いを解説する。

中ロに声を上げない「韓国の恥」

鈴置:米国有数の朝鮮半島研究者、V・チャ(Victor Cha)ジョージタウン大学教授が朝鮮日報に「What Can Yoon Do to Promote Freedom and Democracy?」(1月5日、英語版)を寄稿しました。

 見出しの「自由と民主主義を発展させるために尹錫悦は何ができるか」で分かる通り、韓国の自由民主主義への貢献は不十分だ、との前提で書いた記事です。

 もっとも記事は「米政界で尹錫悦大統領は評判がいいぞ」といった褒め言葉から始まります。その理由は①米国との関係強化に熱心に見える②前任の大統領とは異なり北朝鮮に強硬であるように見える③自由と民主主義が基本的な価値と強調している――の3点です。

 ここから記事の3分の2に至るまで、前の文在寅(ムン・ジョンイン)政権では空席だった北朝鮮人権大使を尹錫悦政権は任命したといった、自由と民主主義を重視した実例が長々と続きます。

――では、何が不十分というのでしょうか?

鈴置:自由と民主主義を弾圧する中国、ロシアを韓国が非難しないことです。13段落中12段落目でようやくそれが登場します。以下です。

・At a time when the liberal international order is under attack from Russia, China suppresses democracy in Hong Kong and threatens it in Taiwan, and North Korea tramples the human rights of its people, there needs to be a strong voice for democracy in Asia. It would be a shame for South Korea to miss the opportunity.

 ロシアの「罪状」は「自由という国際秩序への攻撃」とありますから、ウクライナ侵攻を指すのでしょう。中国のそれは「香港での民主主義弾圧と台湾への威嚇」、北朝鮮に関しては「国民への人権侵害」と明確に書いています。

 そんな自由と民主主義の敵である中ロを非難しない韓国に対しチャ教授は「民主主義を守るために大きな声を上げる必要があるのに、その機会を失すれば韓国の恥である」と言い切ったのです。
金大中を挙げ保守にトドメ

 2022年末に韓国が、新疆ウイグル自治区での中国による人権侵害への非難声明に加わらなかったこと、クリミア半島でのロシアによる人権侵害に対する糾弾決議で棄権したことが念頭にあるのは間違いありません。

 いずれも、自由民主主義を唱える韓国の姿勢を疑わせる行動として話題になりました(「韓国が西側陣営に戻らないのはなぜか 米中の間で右往左往し続けた尹錫悦の半年間」参照)。

「米政界では尹錫悦政権の評判はいいぞ」とおだてたのが伏線として効いています。チャ教授は「自由、民主主義をしきりに唱える尹錫悦大統領」と強調しておき、結論部分で「では、行動はどうなのだ」と韓国人に迫ったのです。

「米政界では評判がいいぞ」とのくだりも「見える」「強調している」と言った表現に留めており、尹錫悦大統領が「米国側に完全に戻った」とか「心から自由と民主主義を信奉している」とチャ教授自身が断じたわけではないことをはっきりさせています。普通の米国人は騙せても専門家は見切っているからな、とドスを効かせた感じでもあります。

 最後の段落でチャ教授は尹錫悦政権にトドメを刺しました。「約20年前、金大中(キム・デジュン)大統領は、民主主義を熱望する若い国々のモデルに韓国を仕立て上げた。というのになぜ、韓国では自由と民主主義という指針が進歩の側に限定されるのか?保守の側にもそうした価値を志向する人は多いのに」と書いたのです。

・Over two decades ago, former President Kim Dae-jung put South Korea forward as a model for young or aspiring democracies. But why should the freedom and democracy agenda only be limited to progressives in South Korea? There are many conservatives who stand for these values.

「保守批判」が抜け落ちた韓国語版

――痛烈ですね。保守の側からの反論が殺到したでしょう。

鈴置:そうはなりませんでした。朝鮮日報はチャ教授の寄稿を韓国語版にも掲載しました。「韓国版民主主義財団の設立はどうか」(1月4日)です。

 しかし、韓国語版では先ほど引用した、金大中称賛・保守批判のくだりがすっぽり抜け落ちているのです。代わりに「現大統領は国家の核心的な価値として自由と民主主義を強調する」という、原文には全くない1文が紛れ込んでいます。

 この大胆な差し替えにより、韓国語版からは「尹錫悦は『言うだけ番長』だ」との批判の色合いが一気に薄れ、「尹錫悦は頑張っている」と評価する記事に変貌したのです。

 結果、原文では2段落を使ったに過ぎない「韓国版の民主主義財団設立の勧め」が韓国語版では主要テーマに浮上しました。だから韓国語版の見出しも「韓国版民主主義財団の設立はどうか」なのです。

 チャ教授は財団設立を提案はしています。しかし「自由と民主主義にかける姿勢を示すには例えば、こんな方法もある」と言っているに過ぎません。寄稿の力点はあくまで「口だけでなく行動せよ」にあるのです。

 

「保守批判」がすっぽり抜け落ちた…“改ざん”された朝鮮日報の記事

 

「よくある」韓国紙の改ざん

――改ざんそのものですね。

鈴置:韓国紙はこの手をよく使います。外国人の寄稿で韓国人に不愉快な部分があれば、韓国語版では削除するか、露骨に改ざんします。今回のケースは韓国人一般というよりも、保守派にとって不愉快な部分を改ざんしたのです。

 尹錫悦陣営は大統領選挙の際に「自由民主主義」を大きく掲げた。左翼候補と差別化する目玉でした。当選後も「米国回帰」を強調するためにそのキャッチフレーズを使っています。

 というのにチャ教授は「自由と民主主義に関しては左派と比べ保守は劣る」と決め付けた。保守の指導的メディアを自認する朝鮮日報は、“誹謗中傷”をそのまま載せるわけにはいかなかったのでしょう。

 民主主義を進めるのは進歩勢力、邪魔するのが保守――というチャ教授の見方は、30年以上前の固定観念に縛られていると思います。

 実際、文在寅政権の民主政治破壊には目に余るものがあった。軍事独裁政権時代に民主化を訴えた側のすることか、と傍から見ても思ったものです。左翼による民主主義の後退に関しては『韓国民主政治の自壊』第2章「あっという間にベネズエラ」を参照下さい。

 ただ繰り返しになりますが、チャ教授にすれば、尹錫悦政権の掲げる自由や民主主義が「口ほどではない」のも事実なのです。
半導体では文在寅と変わらぬ尹錫悦

――米国にとって、左派政権よりも「まし」なのだから、あまりうるさいことを言わなくてもいいのでは?

鈴置:平時ならそうです。しかし今は、中国やロシアと対決する時です。米国は韓国を完全に自国側に引きつけておく――中ロに対しファイティング・ポーズをとらせる必要があるのです。

 緊急課題が半導体です。米国は中国に先端半導体を作らせないよう、全力をあげています。1月5日、G・レモンド(Gina Raimondo)商務長官は西村康稔経済産業相とワシントンで会い、先端半導体の製造装置の対中輸出の規制に加わるよう求めました。

 製造装置で強みを持つオランダにも同じ措置を求めています。今回の日米協議では結論に至りませんでしたが、日本は基本的には受け入れる方向と見られています。

 会談後、西村経産相は「各国の規制動向を踏まえて対応する」と語り、オランダなど他国との競争上、不利にならない形で米国の要求を受け入れることを示唆しました。

 翌6日、西村経産相は通商代表部(USTR)のK・タイ(Katherine Tai)代表とホワイトハウスで会談し、「サプライチェーンから人権侵害を排除する」共同文書に署名しました。

 西村経産相は「特定の国・地域を念頭に置いたものではない」と記者団に語りましたが、もちろん、新疆ウイグルなどでの人権問題を念頭においた文書です。人権侵害だらけの中国。この共同文書を盾に日米は中国製品の排除に動ける体制を整えました。

 韓国は半導体製造装置は得意分野ではありません。しかし、半導体、ことにメモリーは世界の過半の生産シェアを誇ります。米国政府は韓国政府に対し、先端半導体の対中輸出と中国生産をやめるよう求めています。

 しかし、韓国は色よい返事をしません。経済的な打撃が大きいからです。韓国の半導体業界は自国で生産した半導体の約半分を中国に輸出する一方、前工程の相当部分を中国の自社工場に頼っています。韓国は主力産業である半導体で中国と一心同体なのです。

 政治的にも韓国は動けません。韓国が対中輸出規制に踏み切った瞬間、中国が報復するのは確実で、尹錫悦政権の土台を揺らします。「西側に戻った」と自称する尹錫悦政権が、半導体問題で文在寅政権と同様に曖昧な姿勢をとり続けているのはこのためです。
Quadに韓国を入れなかった米国

――だから、米国は韓国に「立場をはっきりしろ」と命じる……。

鈴置:その通りです。チャ教授の寄稿は彼の個人的な意見ではありません。米政府の総意なのです。もちろん、韓国系米国人のチャ教授とすれば、故郷の人々に愛情の籠った警告を送ったつもりかもしれませんが。

――でも、「愛情の籠った警告」は改ざんされてしまった……。

鈴置:ここに韓国という国の危うさがあります。都合のいい自画像を造りあげる。自画像の奇妙さを指摘されても一切、耳を傾けない――。自分は「西側に戻った」つもりなのです。当然、行動はピント外れになります。

 尹錫悦政権は先進国の称号欲しさに、日米豪印の4カ国の枠組み「Quad」への加盟を望みました。しかし米国はけんもほろろに断りました。

 中国は自身を包囲するQuadを何とか壊したい。韓国を入れれば、中国がQuadを潰す際の「最も弱い輪」になることが確実です。米国もそれは分かっている。

 そもそも韓国は中国の報復を恐れ「ベトナムやニュージーランドと共に、準メンバーとして入りたい」などと虫のいいことを言っていたのです。準メンバーとは「中国とは軍事的に敵対しないメンバー」を意味します。

 韓国がQuad入りを拒否された経緯については『韓国民主政治の自壊』第3章第1節「猿芝居外交のあげく四面楚歌」で詳述しています。

 J・バイデン(Joe Biden)政権は韓国の猿芝居をすっかり見抜いていますから騙されません。問題は、韓国の都合のいい自画像を信じ込んでしまう国があることです。

  
岸田文雄、尹錫悦


「G7サミット招待」のエサで韓国を釣ろうとしても…(写真は昨年11月の日韓首脳会談、内閣広報室提供)

 

専門家は嘘をつく

――日本ですね。

鈴置:その通りです。2022年5月に尹錫悦政権が誕生した時は「日米の側に戻る政権だ。日本も韓国に譲歩して盛りたてよう」「韓国のQuad入りに反対すると米国に怒られる」といった言説がネットや紙媒体に噴出しました。外務省OB、学者、記者らが中心ですが、ほぼ韓国の専門家でした。

――専門家が間違えたのですか?

鈴置:専門家だからこそ、いい加減なことを言うのです。専門家とは利害関係人の別称です。政権交代期には、韓国にいい顔をして新政権に接近しようとする専門家が出てくるものです。彼らにとって事実関係は――韓国が本気で西側に戻るかは、どうでもいいのです。

 最近も「危ないニュース」が報じられました。読売新聞の独自ダネの「広島サミットへ韓国大統領の招待を検討…『元徴用工』で出方見極め最終判断」(1月7日)です。

 韓国政府が自称・徴用工問題で打ち出す姿勢次第で、日本政府は広島市で5月19~21日に開く先進7カ国首脳会議(G7サミット)に韓国の尹錫悦大統領を招待するかどうかを決める、との内容です。

「オーストラリアやインドの首脳の招待も有力視されている」、「『自由で開かれたインド太平洋』(FOIP)の実現に向け、G7と価値観を共有する同志国との結束を打ち出す」ともこの記事は報じました。

 尹錫悦政権が自称・徴用工問題で妥協案を示す見通しとなったので、それで禊(みそぎ)は済んだことにして、韓国をQuadメンバーに準ずる扱いにしてやる、ということでしょう。

 ただ、そんなことぐらいで韓国が中国包囲網に加わりはしない。むしろ、口先で「自由と民主主義」を語っていれば米国は許してくれると勘違いし、中国包囲網に加わらなくなる可能性の方が大きいのです。
韓国の偽「FOIP」

――韓国もインド太平洋戦略を発表しました。こちら側に戻る証拠では?

鈴置:2022年12月28日、尹錫悦政権は「自由、平和、繁栄のインド太平洋戦略」を発表しました。韓国メディアが言う、いわゆる「韓国版インド太平洋戦略」です。

 これは日本の「インド太平洋戦略」に似せた偽物です。日本は「自由で開かれた」という形容詞をつけています。だから英文略称が「FOIP」(Free and Open Indo-Pacific)なのです。

 南シナ海を囲い込む中国に対抗し、繁栄のもとである海洋の自由を保障しよう、中国の囲い込みは許さないぞ、と世界に訴えたのです。

 これに対し韓国版の形容詞は「自由で平和な」です。「海洋の自由」は訴えても中国の囲い込みに立ち向かう決意はない。だから「開かれた」の代わりに「平和」が入っているのです。

 韓国版の形容詞に「繁栄」が入っているのは「中国との共同利益を追求する」ためです。聯合ニュースの「尹政権発足2年目 韓米蜜月へ=韓日関係は本格的な正常化目指す」(2022年12月29日、日本語版)は以下のように解説しています。

・米国の要求通り、中国を供給網から完全に排除することは現実的に不可能だ。韓国政府が今月[2022年12月]28日に発表した「自由・平和・繁栄のインド太平洋戦略」でも「主要協力国である中国とは国際規範と規則に立脚し相互尊重と互恵を基盤に共同利益を追求しながらより健全で成熟した関係を実現していく」との内容が盛り込まれた。大統領室高官は「隣国である中国との協力を拒否するというのは現実と相当かけ離れている」と述べた。

 尹錫悦大統領をG7サミットに招待しても、韓国の奇妙な自画像を追認してやるだけ。このエサで韓国を引き寄せようとしても、食い逃げされるのが落ちなのです。
「韓米蜜月時代」と信じる韓国人

――ところで今、引用した聯合ニュースの見出し「韓米蜜月へ」もすごいですね。

鈴置:これが韓国人なのです。米国から「言うだけ番長」と睨まれながらも、当人は「米国側に戻ったのだから、我が国は信頼を取り戻し、関係も一気に改善する」と信じている。うらやましいほどの前向き思考です。

 ちなみに、米国は韓国のQuad入りを拒否した際、日本政府に対し「韓国を引き込もうとするなよ」とクギを刺しています(『韓国民主政治の自壊』第3章第1節「猿芝居外交のあげく四面楚歌」参照)。

「尹錫悦をG7サミットに招待しないと、米国に怒られる」と言い出す人が出そうなので、予め注意喚起する次第です。

 

 

鈴置高史(스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)
韓国観察者。
1954年(昭和29年)愛知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。
日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。
95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。
18年3月に退社。
著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。
2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。