二枚舌外交を極める尹錫悦 

米中二股にいら立つバイデンの「お仕置き」のタイミング

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/09221800/?all=1
鈴置高史 (스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)  半島を読む 2022年09月22日

 

(鈴置高史さんのブログ記事)

 

中ロに立ち向かわない韓国

 NYTのSH・チョー支局長も「韓国の本質」を指摘しました。

・Mr. Yoon was careful in the interview to point out that his country’s security partnerships were not aimed at China. “Our defense system is to deal with the North Korean threat, not China or other countries,” he said.

 インタビューで尹氏は韓国の安全保障のパートナーシップが中国を狙ったものではないと慎重に指摘した――つまり、韓国は保守政権になっても中国と立ち向かう覚悟を持たない国である、と断じたのです。さらに、以下のくだりを付け加えることにより、「口では西側のフリをするけどね」と馬鹿にしました。

・On Tuesday at the United Nations General Assembly, he is scheduled to deliver an address in which he is expected to emphasize his country’s commitment to the “rules-based international order,” a mantra frequently repeated by top American diplomats like Secretary of State Antony J. Blinken.

 9月20日、国連総会で彼は演説する予定だ。そこで彼は「ルールをベースにした国際秩序」への韓国の関与を強調するはずだ。それはA・ブリンケン(Antony Blinken)国務長官ら米政府高官が繰り返すお題目と同じなのだが――。

 NYTの「予言」通り、尹錫悦大統領は11分間の国連総会演説(韓国語)で「自由」という単語を21回使い、西側国家であることを強調しました。

 しかし、ウクライナを侵攻したロシアを名指しで非難せず、これまたNYTが予見したように「ルールを破壊する国々」に真正面から立ち向かう姿勢は見せなかったのです。

 朝鮮日報の「尹大統領、国連総会で1時間半前に着席して猛勉強」(9月21日、韓国語版)は「NYTやCNNは生中継で『尹錫悦大統領は国連総会の初舞台で米国、ロシア、ウクライナ、北朝鮮など、どの国家の名前を挙げないなど、非常に慎重な姿勢を見せた』と報じた」書きました。米メディアは、西側としては異例な演説と見なしたのです。
「米中二股」が限界に

 韓国は朴槿恵(パク・クネ)政権(2013年2月25日―2017年3月10日)以降、米中の間で二股外交を展開してきました。ところが、米中対立が深まって個別の案件で選択を迫られるようになると「米中双方と仲良くします」といった、総論による誤魔化しが効かなくなった。

 結局、米国人の前では米国とスクラムを組むと言い、中国人の前では中国との協力を約束する「二枚舌」を使うしかなくなった。韓国とすればこれが最善の手なのでしょうが、血を流して韓国を守ってきた米国にとっては侮辱そのものです。「お仕置き」して懲らしめてやろうと考えるのが自然です。

――「お仕置き」はいつ発動するのでしょうか。

鈴置:とりあえずは騙しだましやっていくでしょう。3カ国合同演習も、尹錫悦政権は真っ向から拒否していた(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。

 それを米国は何とか実施に持ち込んだ。圧力の結果でしょう。大統領は実施の事実を否認しましたが。韓国人の多くが米韓同盟に未練を残す以上、「見捨てるぞ」と米国に脅されれば、政府も米国の言うことを聞かざるを得ません。
どちらに転んでも通貨危機

――しかし、THAADやChip4ではまだ、中国の言いなりです。

鈴置:米国は脅しの強度を高めていけばいいのです。例えば今、韓国は通貨危機の恐怖に怯えている(「韓国人がウォンを売り始めた 政府が『「通貨危機は来ない』と言うも信用されず」参照)。

 米国に追従して金利を上げれば不動産価格が暴落して金融システムが痛む。一方、金利を上げなければ、金利差が生じて資本逃避が起きる。金利を上げても上げなくても、通貨危機に陥る可能性が高まっている(「不動産バブルがはじけた韓国 通貨売りと連動、複合危機に」参照)。

 そもそも韓国は2019年に生産年齢人口がピークアウトし、不動産バブルが崩壊しやすくなっているのです。1990年代初頭の日本とかなり似ています。この状況に関しては『韓国民主政治の自壊』第4章第3節「ついに縮み始めた韓国経済」で詳述しています。

 結局、金利のジレンマを解消するには米国か日本に通貨スワップを結んで貰い「いつでもドルを手当てできる」とのサインを市場に送るしかない――との認識が韓国には広まっています。

 ところが、日本との関係は最悪で、とても結んで貰えそうにない。そこで韓国各紙は一斉に「NYでの国連総会で韓米首脳会談を開くのだから、J・バイデン(Joe Biden)大統領に通貨スワップを頼めばいい」と言い出しました。






直近1年間のウォン対ドルレート

 

米韓首脳会談は雲散霧消

――米国はどうしたのですか?

鈴置:何と、米韓首脳会談を開きませんでした。韓国政府が「実施する」と正式に発表していた首脳会談を、です。その代わりに、なのでしょう、9月21日にNYで開かれたある会合で、尹錫悦大統領はバイデン大統領と48秒間、立ち話をしました。もちろん、スワップを頼む時間などなかったでしょう。

 なぜ、米国が首脳会談に応じなかったかは不明です。あるいは韓国の発表が勇み足だったのかもしれません。ただ、結果から言うと、韓国が通貨危機に陥る可能性はこれでグンと増した。

 おりしも9月21日、米FRB(連邦準備理事会)はFOMC(米連邦公開市場委員会)を開き、0・75%の利上げを決めました。

 翌22日のウォンは朝方から売られ、心理的抵抗線の1ドル=1400ウォンを13年6カ月ぶりに突破しました。同日の終値は前日比15・50ウォン安・ドル高の1ドル=1409・70ウォンでした。

 FRBは年内にさらに利上げする姿勢を打ち出しています。韓国では年内に1ドル=1500ウォンまでウォン安・ドル高が進むだろうとの悲観的な見方が広まっています。韓国人が心理的に追い詰められていくのは確実です。

「最後の救命ロープである通貨スワップが欲しければ、中国と手を切れ」と米国が脅す絶好の条件が整いました。ただ、中国が韓国に救命ロープを投げる可能性もあります。
韓国を舞台に米中通貨戦争

 中韓は4000億人民元の通貨スワップを結んでいます。現行レートでは560億ドルに相当するかなりの規模のスワップです。ただ、下手にこれを発動すると韓国の通貨危機に中国も巻き込まれる可能性があります。

 韓国の外貨建て債務のほとんどはドル建て。中韓スワップを使うには、いったん人民元をドルに替える必要があります。その際、巨大な人民元売りが発生するからです。

 今後、韓国を舞台に、通貨を武器にした米中の戦いが始まる可能性が高い。もちろん日本も傍観者ではいられません。目を皿のようにして、状況を見守る必要性があります。

 

鈴置高史(스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)
韓国観察者。
1954年(昭和29年)愛知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。
日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。
95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。
18年3月に退社。
著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。
2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。