二枚舌外交を極める尹錫悦 

米中二股にいら立つバイデンの「お仕置き」のタイミング

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/09221800/?all=1
鈴置高史 (스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)  半島を読む 2022年09月22日

 

(鈴置高史さんのブログ記事)

 


「米国側に戻る」と言いながら、中国に忖度し続ける尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領。露骨さを増す二枚舌外交に米国は苛立つ。通貨危機の足音が聞こる今、韓国観察者の鈴置高史氏が「米国のお仕置き」を予測する。

「親米路線」を疑うNYT

鈴置:9月18日、NYT(ニューヨーク・タイムズ)が尹錫悦大統領の単独会見を載せました。会見したのは9月14日で、筆者はSH・チョー(Choe Sang-Hun)ソウル支局長です。

 見出しは「New South Korean President Tries to Make His Mark on Foreign Policy」(外交で得点を目指す韓国の新大統領)。米国との関係強化を謳いながら中国にすり寄る尹錫悦外交を、大統領の発言を使って浮き彫りにしました。

 尹錫悦大統領はNYTのインタビューで、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の米中間での姿勢を「あまりに曖昧だった」と批判したうえ、自分は明確な親米路線を採る――と明言しました。英語の原文は以下です。

・I will pursue predictability, and South Korea will take a more clear position with respect the United States and China relations.

 もっとも、NYTはこの発言を大いに疑って見せました。「米国とスクラムを組もうとしても中国との複雑にかみ合った通商関係という現実と衝突する。中国を無視できないため、尹錫悦大統領[の外交]は明快で精緻な方向性に欠ける」との専門家の談話を引用したのです。大統領の表明とは180度異なる評価です。

・Mr. Yoon’s pursuit of diplomacy in tandem with the Biden administration collides with the reality of South Korea’s interlocking trade ties with China, said Cheong Seong-chang, a senior analyst at the Sejong Institute, a think tank in South Korea.
・“President Yoon lacks a clear and detailed direction because South Korea cannot ignore China,” he said.
「3NO」に金縛りの尹政権

 意図と現実の「衝突」の結果、尹錫悦政権が腰砕けになった具体例として、この記事は文在寅政権が中国に約束した「3NO」をあげました。

 これは①THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)の追加配備は米国に認めない②MD(ミサイル防衛網)を米国と構築しない③韓米日3国軍事同盟などの中国包囲網には参加しない――との約束ですが、尹錫悦氏は「拘束されない」と宣言していました。

 その一環として大統領選挙の期間中、尹錫悦氏はTHAADを追加配備する姿勢を打ち出した。しかし、NYTに対しては「その有効性を再検討する」と発言し事実上、配備構想を撤回したのです。

・During his campaign, he indicated that he would push for the deployment of a second Thaad battery in South Korea, but he told The Times that his country would review its usefulness before taking further steps.

 ③に関しても腰砕けは同様でした。尹錫悦大統領はNYTとのインタビューで「米国・日本との3カ国合同演習は考えていない」と語りました。

・he said no trilateral military exercises with the United States and Japan were on the horizon.

 厳密に言うと、③は韓国に対し、3カ国軍事同盟に発展する動きも禁じています(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。その約束に金縛りになった尹錫悦政権は「3カ国合同演習はしない」と語ったのです。

 もっとも、米軍は8月8-14日にハワイ沖で3カ国が弾道ミサイルを探知・追跡する共同訓練を実施した、と発表しています。ロイターの「日米韓、ハワイ沖でミサイル対処共同訓練 北朝鮮・中国念頭に」(8月16日、日本語版)で読めます。

 韓国は米国から脅され、やむなく3カ国合同訓練に参加したものの、中国からの仕返しが恐ろしくなり「なかったこと」にしたのでしょう。

 

 


9月20日の国連総会演説で、ウクライナに侵攻したロシアを名指しで非難しなかった尹錫悦大統領

 

中国の議長には会ったのに……

 NYTの質問は米下院のN・ペロシ(Nancy Pelosi)議長が8月に訪韓した際、尹錫悦大統領が会わなかったことにも及びました。

 訪問先のシンガポール、マレーシア、台湾、日本ではいずれも首脳が会談しましたが、尹錫悦大統領だけは「休暇中」を理由に会いませんでした。

 ペロシ議長のアジア訪問は、中国の侵攻の危機にさらされる台湾への支持表明でした。韓国は中国の顔色を見たのです(「訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は『侮辱』と怒った」参照)。

 韓国内から批判が高まったので結局、電話協議を実施したのですが、同じソウルにいながら会わず電話だけに留めたので、「休暇中」との言い訳はますます胡散臭く映りました。

 NYTとのインタビューで、尹錫悦大統領は中国への忖度を問われると「絶対にそれはない」と否定しました。これに対しNYTは9月16日、訪韓した中国・全国人民代表大会の栗戦書議長とは会ったではないかと指摘しました。栗戦書議長とペロシ議長は職位も同じなら、序列も3位と同じ。「言い逃れ」を厳しく追及したのです。

・Mr. Yoon called those suggestions “absolutely” untrue and said he was simply on a scheduled vacation. On Friday, though, Mr. Yoon met with Li Zhanshu, the head of the Chinese legislature and the third-highest-ranking member of the Chinese Communist Party.
「ペロシ面談拒否」が決定打

――「米国側に戻った」なんて嘘だぞ、とNYTは警告を発したのですね。

鈴置:「ペロシ面談拒否」が決定打となって、米国の韓国観は一線を超えた感があります。NYTだけではありません。米国の外交専門誌『THE DIPLOMAT』も8月27日に寄稿「Don’t Mistake South Korea’s Yoon Suk-yeol for a China Hawk」を載せました。

 筆者は韓国外国語大学で東アジアの政治を研究するJ・アトキンソン(Joel Atkinson)教授。見出しを見れば分かる通り、「尹錫悦の対中強硬姿勢は信じるな」と訴えたのです。

「中国に忖度する」具体例としてあげたのが「THAAD」と「ペロシ」に加え、半導体同盟たる「Chip4」です。米国は、半導体産業に強みを持つ台湾、韓国、日本を糾合、Chip4なるカルテルを作って、中国の半導体分野での覇権を食い止めようと必死です。

 韓国政府はその準備会合に参加すると表明済みで、NYTとの会見でも尹錫悦大統領もそれを確認しました。しかし、8月27日に中国政府との間でサプライ・チェ-ンに関するMOU(覚書)を交わしています。

 中国共産党の対外宣伝紙、Global Timesが「China, S. Korea agree to deepen economic cooperation in ministerial meeting」(8月28日)で報じました。

 仮にChip4に参加しても「対中包囲網」には加わらない、との姿勢を韓国は打ち出したのです。これは明確なChip4潰しです。韓国に詳しいアトキンソン教授が「尹錫悦を信用するな」と有力誌を通じ、米外交界に訴えたのも当然なのです。