不動産バブルがはじけた韓国 通貨売りと連動、複合危機に

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/08291850/?all=1
鈴置高史 半島を読む 2022年08月29日

 

過去5年間 ウォンの対ドルレート(17年8月29日~22年8月29日)

 

1997年の通貨危機も金融不安が根に

――不動産バブルの崩壊は何をもたらすのでしょうか。

鈴置:日本では金融システムが破壊されました。1990年代の日本で、不動産投機に貸していたおカネが回収できなくなっていくつかの銀行が消滅したのを記憶している人も多いと思います。

 金融システムが破壊されれば、製造業にも資金が円滑に供給されなくなりますから経済全体が沈滞します。生産年齢人口の減少により消費も縮みますから、この面からも経済規模は頭打ちに陥りました。

 韓国の場合、不動産投機の主体が企業ではなく個人ですから、様相は若干異なるかもしれません。1件当たりの貸し出しは個人ですからさほど多くない。

 しかし韓国では、3ヶ所以上からおカネを借りている多重債務者が全人口の1割弱に達します。彼らの多くが不動産や株式、暗号資産(仮想通貨)でバクチを張っているわけで、バブルが崩壊すればどれだけの借金が踏み倒されるか、考えるだけで恐ろしくなります。

 金融システムの破壊、あるいはその懸念だけで、通貨危機を呼び込みます。1997年の韓国の通貨危機も、根っこには金融システムの動揺がありました。

 1997年、今は現代自動車の傘下に入って再生した起亜自動車など大手、中堅財閥の破綻が相次ぎました。財閥にカネを貸していた韓国の銀行に対する懸念が増していたところに、タイから始まったアジア通貨売りの嵐が襲いかかったのです。

 最近もほとんどの通貨が売られる、ドル独歩高の時代に突入しました。ウォンも売られ続け、2020年12月には1ドル=1085ウォン前後だったのが24%程度下がり、今や1340ウォン台。

 ついに8月29日の終値は先週末比19・10ウォン安・ドル高の1350・40ウォンを付けました。2008年の通貨危機の余燼(よじん)がくすぶっていた2009年4月28日の1352・80ウォン以来の安い水準です。

 

 

通貨スワップを仇で返した韓国

 

大統領が「通貨危機は起こさない」

――ウォン売りに対し韓国で警戒感は高まっていますか?

鈴置:韓国政府はかなり緊張しています。他の通貨、例えば円もかなり売られていますが、日本は通貨危機に陥ったことはない。一方、1997年、2008年と2回に亘り通貨危機に陥った韓国人は「デジャヴ」に襲われるのです。尹錫悦大統領も8月24日の「第2回マクロ金融状況点検会議」の冒頭発言で以下のように述べました。

・過去の危機の状況と比べ、我が国経済の対外債務の健全性は大きく改善されましたが、決して気を緩めるわけにはいきません。
・政府は6月に非常経済体制に転換し、毎週私が直接、非常経済民生会議を主宰し、民生の懸案をひとつずつ慎重に対処しています。
・金融・通貨のいかなる危機的状況も再び発生しないよう、また、民生の困難が深まらないよう、徹底的に点検し対応していきます。

 この政権で、大統領がこれほど明確に通貨危機への警戒感を表明したのは初めてです。不動産バブルの崩壊が国内ではさほど注目されていない段階で、これほどウォンが売られているのです。

 国民が過去の2度の通貨危機を思い出し、「政府はちゃんとやっているのか」と不安になるのは当然で、大統領もそれに対応する必要があったのです。

 ことに韓国は通貨危機の特効薬と信じられている米国や日本との通貨スワップを失っています。米国との為替スワップは2021年12月末で終了しました。2022年7月にJ・イエレン(Janet Yellen)財務長官が訪韓した際、韓国では「スワップ再開」を依頼しようとの声が高まりましたが、色よい返事はもらえませんでした。

 日本から通貨スワップを付けてもらおうとの意見も韓国メディアでしばしば語られます。しかし、極度に関係が悪化した日本が韓国とのスワップを再開する可能性は低い。

 李明博(イ・ミョンバク)政権が日本から通貨スワップを得た途端に、掌を返して竹島に上陸したり、天皇陛下に謝れと言い出した実績もあります(「通貨スワップを仇で返した韓国」参照)。

 自民党の外交部会には「2度と韓国にスワップは与えない」と息巻く議員が多いのです。いくら岸田文雄首相がお人よしでも、日本から通貨スワップを得るのは難しい。

 

怪しげな「楽観論」を唱える韓銀総裁

 8月25日、韓銀の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は記者懇談会で「通貨危機は来ない」との楽観論を開陳しました。聯合ニュースの「李昌鏞『ウォン安は流動性のためではない…1997・2008年とは異なる』」(8月25日、韓国語版)から楽観論の根拠を拾います。

①最近のウォン安はドル高のためであり、韓国の流動性や信用度に問題があるからではない。
②IMF(国際通貨基金)が必要とする流動性の基準と比べ、韓国の外貨準備は少ないとの指摘があるが、韓国の外貨準備額は世界9位である。外貨準備の多い国にとってそんな基準は意味がない。
③米国とスワップを結んでいる英国やユーロ、カナダの通貨は皆、ドルに対し安くなっている。スワップがウォン安を防ぐとの考えは誤りだ。

①の主張は問題から目をそらす詭弁です。ドル高のためにウォン安が進んでいるのは事実です。しかし、ウォンが売られるほどに流動性や信用度が落ちる可能性が高まるのも事実なのです。

②も強引な議論です。通貨危機が起こるかは、外貨準備の規模そのものよりも、それと負債の兼ね合いで決まることが多いのです。

③も論点のすり替えです。韓国の問題は通貨安ではなく、通貨安が引き起こすであろう通貨危機にあるのです。スワップと通貨安の関係を議論しても意味はない。

 韓国銀行総裁が理屈に合わない苦しい弁解を始めた――。これこそが、通貨危機の可能性が増していることを示していると思うのです。

 

 

鈴置高史(스즈 오키 타카 부미,Takabu-mi Suzu-oki)
韓国観察者。
1954年(昭和29年)愛知県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。
日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。
95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。
18年3月に退社。
著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。
2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。