米中対立で読む鈴置論考、慰安婦合意破りと米国の怒り
https://shinjukuacc.com/20210317-01/

あなたはそれでも慰安婦抱き着きに1000KPWを賭けますか?..
 

先日の『「米国は慰安婦合意歓迎」発言を無視する韓国メディア』では、「米韓2+2会合」のために韓国を訪れるアントニー・ブリンケン米国務長官の眼前に、自称元慰安婦がサプライズとして現れ、抱擁を求める、という可能性に「100KPWくらいなら賭けても良い」と申し上げました。
しかし、その可能性は低くなったのかもしれません。
鈴置論考に書かれてしまい、韓国の邪悪な意図を見抜いた日本の当局者が米国に「警戒しろよ」と伝達する可能性が高まったからです。


例の慰安婦歪曲報道事件.
韓国メディアの切り取り報道が酷い.

ささやかながらもウェブ評論を続けるなかで、最近痛感するのは、「全体を俯瞰すること」と並んで、「当事者の発言内容を『正確に』読むこと」の重要さです。
 

そして、一見すると「支離滅裂」な行動も、当事者にとってはそれなりの一貫性が存在していることがあります。
そして、そうした「一貫性」は、パズルのピースを埋めるかのように細かい事象を観察していけば、ある日突然、見えてくることもあるのです。


何の話をしているのかといえば、最近になって韓国メディアの「切り取り報道」が酷くなってきた、という話題です。
 

もちろん、この「切り取り報道」自体はときとして大きな社会問題を呼び起こしますが、日本のメディアもよくやるので(そのとくに悪質な事例が「もりかけ報道」でしょう)、
「切り取り報道」自体は「韓国の」メディアに特有の問題点、というわけではありません。


しかし、韓国メディアの場合、日韓関係、とくに「歴史問題」に関する分野の「切り取りぶり」が酷く、韓国メディアの報道だけを読んで「裏取り」を怠ると、大変な思い違いをしてしまうことにもつながりかねません。

そうした典型的な事例のひとつが、先日の『「米国は慰安婦合意歓迎」発言を無視する韓国メディア』でも取り上げた、韓国メディア『中央日報』(日本語版)に13日付で掲載された次の記事です。

 『米国務省「韓国など同盟と連携して対北朝鮮政策」…慰安婦問題は即答避ける
    ―――2021.03.13 11:16付 中央日報日本語版より
 

これは、アントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官の15日~18日にかけての日韓両国訪問に関連し、米国務省のネッド・プライス報道官が米国時間の12日、ブリーフィングを行ったとする記事です。
 

自称元慰安婦の提案に「即答(直答)を避けた」.

問題は、記事タイトルにもある、「慰安婦問題は即答(または直答)を避ける」とする記述です。

プライス報道官は旧日本軍慰安婦被害者の李容洙(イ・ヨンス)さんがブリンケン長官との面談を要請したことに関する質問には直答を避けた」。

この自称元慰安婦、年齢は93歳なのだそうですが、写真で拝見する限り、ずいぶんと若々しい方であり、あくまでも個人的な主観ですが、70代前後くらいに見えてしまうほどです。
 

ちなみにこの人物は1990年代に自身が元慰安婦だったと名乗り出た当時は「赤い靴とワンピースを見て嬉しくなってついていった」と証言していたのに、2000年代以降は「日本軍に強制連行された」と証言を変えているそうです。

 

それはさておき、この自称元慰安婦は最近になって、「いわゆる慰安婦問題」を巡り、日本を国際司法裁判所(ICJ)に提訴すべきだ、などと主張しているそうです

 

そうした前提条件を踏まえると、中央日報のこの記事を読むと、まるで「直答は避けたけれども何らかの含みを持たせた」かのようにも読めてしまいます。
果たして、この読み方は正しいのでしょうか。
 

典型的な歪曲報道.

結論からいえば、中央日報の記事の見出しと本文の記述は、かなりミスリーディングで不正確です。

これも『「米国は慰安婦合意歓迎」発言を無視する韓国メディア』のなかで明らかにしたとおり、米国務省ウェブサイトに掲載されている原文を読むと、プライス報道官は慰安婦問題について、「2015年の日韓合意によって解決している」と断言した、と読めるからです。

Department Press Briefing – March 12, 2021』 
    ―――2021/03/12付 米国務省HPより

この点、質問者は『Doug Byun from Yonhap News Agency, South Korea』と名乗っており、要するに韓国・聯合ニュースの記者です。
 

この記者は、
「①国務省はこの書簡を受領したことに気付いているか、
②国務長官は面会を検討しているか
、③国務省としては慰安婦問題のICJ付託を避けるためにこの問題を取り上げるつもりはあるか」、という3点を質問しました。
これに対するプライス氏の回答は次のとおりです。


As we stated at the time, we welcome specific efforts, including the 2015 Comfort Women Agreement, as an example of the two countries’ commitment to forging a more productive and constructive bilateral relationship.」

意訳すると、「これまでも述べてきたとおり、我々としては、2015年の慰安婦合意を含めた個別の努力を歓迎してきたし、この慰安婦合意は両国がより生産的で建設的な二国関係を構築するというコミットメントの事例だと考える」、といったところでしょう。
 

要するに、慰安婦問題に対する米国政府の見解は、2015年12月28日の日韓慰安婦合意がすべてだ、ということです。
なぜなら、この合意のなかで、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決したことを日韓両国政府が確認した」と断定されているからです。
 

「現在の国務長官自身も骨を折ったんだぞ」.

2015年12月28日の日韓慰安婦合意は、文在寅政権下で完全に反故にされた約束ですが、この約束をわざわざ強調したこと自体、米国務省なりの韓国に対する極めて強いメッセージと見るべきでしょう。

しかも、プライス氏は、こうも続けます。

When it comes to that agreement, when it comes to the trilateral relationship, it was at the time Deputy Secretary of State Anthony Blinken who was at the center of brokering some of these efforts.」

すなわち、この2015年日韓慰安婦合意を含め、「日韓間の仲介を行った当事者の1人こそ、当時の国務副長官だったブリンケン国務長官その人である」、とわざわざ強調してみせたのです。

以上より、プライス報道官が聯合ニュースの記者の質問に「直接的に答えなかった」という点については中央日報の報道どおりなのですが、その代わり、「2015年の慰安婦合意は日韓の歴史克服の成功的事例だ」、「ブリンケン国務長官自身、それを仲介した当事者だ」、と述べたわけです。

これが、すべてでしょう。

プライス報道官の心中を忖度するならば、やや乱暴な言葉で言えば、「せっかくブリンケン氏を含めた米国側関係者が日韓関係を取り持ったのに、お前たち韓国はその苦労の結晶である合意を簡単に破りやがって」、という気持ちが透けて見えます。
 

(※もっとも、慰安婦問題の「い」の字でも出した瞬間、ブリンケン氏がどういう反応を示すかは、少しだけ見てみたい気もしますが…)。
 

鈴置氏「米国の怒り」.
やはり洞察力がまったく違う!.

さて、以上の議論に加え、当ウェブサイトでは「この自称元慰安婦がアポなしでブリンケン氏の眼前に出て来くる可能性に1000KPWくらいを賭けても良い」と申し上げたのですが、これについては本稿末尾でもういちど述べることとしましょう。

このプライス報道官の質疑に関連し、わが国を代表する優れた韓国観察者である鈴置高史氏が昨日、こんな論考を出してきました。
「『米国の怒りを報じない韓国メディアの歪曲報道2


    米国が韓国に「米国か、中国か」と踏み絵を迫る。追い詰められた文在寅(ムン・ジェイン)政権は「日本」を言い訳に逃げ回りそうだと韓国観察者の鈴置高史氏は読む。
    ―――2021年3月16日付 デイリー新潮『鈴置高史 半島を読む』より
 

今回の論考も大変に読み応えがあります。
ウェブページで4ページ分、文字数にして6000文字弱という分量です。
ただ、いつもながら平易にして核心を突いた記述は、「さすが」と言わざるを得ません。


そして、先日の『「米国は慰安婦合意歓迎」発言を無視する韓国メディア』自体、長年の「鈴置ファン」という立場を利用して、鈴置論考を意識した記載ぶりにしてみたのですが、やはりリンク先の論考を読んで、わが身の無謀さを知りました。
 

やはり、全体を俯瞰する視野の広さ、これまでの経緯を踏まえた洞察の深さにおいて、鈴置論考のレベルは当ウェブサイトのものとはまったく異なります。
というのも、今回の論考、のっけから『慰安婦合意を破ったな』という小見出しが置かれ、「公開の場で韓国政府を叱った」とハッキリ指摘しているのです。

 

聯合ニュースの記者が『A・ブリンケン(Antony Blinken)国務長官が来週(※17~18日)訪韓する。
その際に会いたい、と93歳の元慰安婦が手紙を出したが、面談は検討されているのか』と聞きました。」。

 

 「プライス報道官は外交的な修辞にくるみましたが、日韓は2015年の慰安婦合意を通じ歴史問題を解決した。
韓国は蒸し返すのか、と怒ってみせたのです。
さらに、『ブリンケン国務長官は当時、国務副長官として慰安婦合意の当事者であり、多大の努力をした』とも述べました。」


やはり冒頭で要点を手短に紹介し、読者をグッと論考に引き込む手腕は、マネができないものだと思うしかありません。
慰安婦合意の当事者が帰ってきた!

それはともかくとして、今回の鈴置論考でも、きわめて重要な点が指摘されていますが、そのなかでも最たるものは、前回(2015年)の日韓慰安婦合意に関わった人物が、バイデン政権には多く含まれている、という事実です。
 

「   当時の副大統領だったジョー・バイデン氏は大統領に就任。
「自分は慰安婦合意の保証人だった」と公言する
        当時の国務副長官だったブリンケン氏は国務長官に就任。
「慰安婦合意の当事者として多大な努力をした」(※プライス報道官の言)
        当時の国務次官だったW・シャーマン氏は国務副長官に就任。
「『歴史カードを振り回すな』と韓国を批判したこともある」


要するに、2015年の慰安婦合意の関係者がバイデン政権にはずらりと揃っているわけであり、鈴置氏は「韓国は合意をいとも簡単に破棄した無法国家と米国の新政権から見なされている」と評します。

だからこそ、このプライス報道官の発言は、「韓国が慰安婦合意を破ったことは、我々は覚えているぞ」とクギを刺すものだ、というわけです。
文在寅政権の支離滅裂な動きの正体とは?
 

もっとも、韓国国内ではこの米国の「怒り」は伝わっているのかどうかは疑問です。
先ほど挙げた中央日報の記事のように、平気で歪曲報道が行われているからです。


しかしながら、さすがに文在寅(ぶん・ざいいん)大統領、あるいは政権関係者が「慰安婦問題」にバイデン政権が怒っているであろうことに気付いていないと考えるのには無理があります。
 

鈴置:
さすがにバイデン政権が『合意破り』に怒っていることは分かっています。
だから突然、1月18日の会見で文在寅大統領が『慰安婦合意は有効である』と言い出したのです。
しかし、白旗を掲げたわけではありません。
『歴史問題で対話しようにも、日本に拒否されている』と被害者イメージを振り巻く戦術に転換しただけです。」

 

平たく言えば、文在寅政権はこの合意破りを誤魔化し、「時間稼ぎ」を行う方向に舵を切った、というわけです。
その目的はもちろん、「対話の用意がある」と騙ることで(日本というよりは)国際社会を騙すことにあります。


鈴置氏の言を借りるなら、「対話の用意がある」と唱えることで、慰安婦問題を含めた歴史問題は未解決だと国際社会に認識させるとともに、「未解決だから日本と軍事的なスクラムは組めない」、よって「中国包囲網にも加わらない」、というロジックです。
 

ちょっとお叱りを覚悟で申し上げるなら、やっていることが見え透いた猿芝居そのものですね。
あるいは、南北揃ってやることが同じ、というべきか。
 

やっぱり出てきた、「中国の影」!.

さて、以前からしばしば言及しているとおり、鈴置氏の韓国論が優れている理由のひとつは、韓国を「米韓関係」と「中韓関係」から俯瞰している点にあります。
 

今回も韓国が慰安婦問題を蒸し返そうと必死になっているのは、慰安婦問題自体が一種の「利権」と化している、という理由もありますが、それだけではありません。
やはり、中国か米国かを「決断する」ことを可能な限り先送りするための材料にしているフシがあるのです。


鈴置氏は今週予定されている「米韓2+2」会合を巡って、次のように評価します。

米韓の2+2は5年ぶりで、もちろんバイデン政権では初めて。中国包囲網を念頭に同盟強化を図る同政権が、この場で文在寅政権に態度表明を迫るだろうと韓国では緊張が高まっています二股外交を続けてきた韓国に、ついに『真実の時』が来るのです。そこで『元慰安婦が国務長官に会いたがっている』などと言い出し、問題を蒸し返す作戦に出たわけです。」。

おそらく、これが実情に最も近いのでしょう。

ただ、私たち日本人の立場からすれば、「自由民主主義の米国と共産党一党独裁の中国、選ぶ余地もないのではないか?」と思ってしまいがちですが、韓国にとっての「中国恐怖症」は大変に根深いものがあります。

    「できることなら、『慰安婦は日本と継続協議中』ということにして中国包囲網に加わることを先送りしたい。この心情は、左派も保守も同じです」。

まさに、これが一見すると支離滅裂な彼らの行動を規定している原理のひとつなのでしょう。
 

このように考えていくと、米韓関係(と日韓関係)を規定するのは、ひとえに中国と周辺国とのパワーバランスであり、とりわけ「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想の進展具合であることは間違いありません。
 

あなたは「抱き着き」にいくら賭けますか?.

さて、以前も述べたとおり、2017年11月、韓国を訪れたドナルド・J・トランプ大統領(当時)に対し、自称元慰安婦の方が「抱き着いた」という「事件」がありました。おそらくアポなしのサプライズの演出だったのでしょう。

これについては今回の鈴置論考でも、3月18日の米韓2+2を巡り、次のように指摘されています。
 

鈴置:
Quad参加はもちろん、反中的な言質もとられまいと必死になるでしょう。
ひょっとすると『元慰安婦の肉弾作戦』を展開するかもしれません。
2+2の会談場や記者会見場に元慰安婦を送り込み、ブリンケン国務長官に抱きつかせるのです」。


つまり、自称元慰安婦が涙ながらに米国務長官に泣いて訴える映像がCNNあたりで流れれば、「慰安婦問題は未解決」との認識が世界でも広まる、というわけです。
 

ただ、鈴置氏がここに書いてしまった以上、実際には「慰安婦の抱き着き」は実現しない可能性が高まったと考えて良いでしょう。
鈴置論考を読んだ日本政府の当事者が懸念を米国に伝え、米国側もそれなりに警戒するであろうと予想されるからです。

 

いや、日本の外務省にそこまでの洞察力があるのかは微妙ですが…。
 

本文は以上です。