ダライ・ラマが語る心の在り方 | 心に光を呼びます Padme★yuki

心に光を呼びます Padme★yuki

誰の心にも、神様とのホットラインはあります。
いろんなもので隠れてしまってるだけです。
私でよければ、見つけるお手伝いをします。


政治がどんどん悪化していく中

わたしたちは

どうしたらいいのか?

 

ますます

個人個人の心が

大切になっていきます。

 

政治に対して

怒りをぶつける?

ちがいます。

 

庶民は庶民で

支え合い

助け合うことが

大切なのだと思います。

 

劣悪な法律が

ますます私たちを苦しめるでしょう。

不条理は

この世の常。

その中にあって

希望と笑いと

助け合いの心を

忘れないでいること。

あえて!

笑うこと!

 

不安とこだわりに囚われ

精神を病み

医者と薬に頼るようになっては

経済闇社会の

思うツボにはまってしまうんです。

高級食材やら

ナントカ除けグッズなど

買いまくる・・・

あれはダメ

これはダメと

否定と批判をする人になり

結局は自分の細胞が壊れます。

気づいているつもりで

操られているんです。

 

わたしたちは

事象にとらわれることなく

心にもっと

意識を向けるべきなのです。

 

 

 

 

そのようなメッセージを

ダライ・ラマも語っていました。

今朝、見つけましたので

こちらでシェアさせていただきますね。

 

 

 

 

 

★元の記事★

 

60年近くにわたり、

私は世界中の国々の

政府や企業をはじめとする

さまざまな機関のリーダーと対話し、

この社会がどのように発展し

変化したのかを見つめてきました。

こうして学んできたことが

他の方々の役に立つならば、

よろこんで私の見解を分かち合いたいと思います。

 

 

どのような分野であれ、

リーダーというものは

人の人生や世界の発展に

強い影響を与えるものです。

私たちはこの地球の

滞在客であることを

忘れてはなりません。

地球にいる期間は

長くても90年か100年です。

その間は、地球を

より良い場所にして

残すことができるよう

つとめるべきでしょう。

 

より良い世界とは

どのような世界でしょうか?

答えは明快です。

より良い世界とは、

人々が今よりも

幸せな世界です。

なぜでしょうか?

人は誰もが幸せを望んでいて、

苦しみを望んではいないからです。

幸せを求める思いは、

私たち全員に共通した思いなのです。

 

ところが

今、世界は

 ‟感情の危機” 

に直面している

ように思われます。

ストレスや不安、

絶望を抱えている人が、

かつてないほど増えています。

富裕層と貧困層、

企業のトップと従業員との格差も、

これほどひらいた時代はありません。

そして利益を出すことに

重きが置かれた結果として、

多くの場合、

環境や人、社会に対する責任が

ないがしろにされています。

 

私は、

「私たち」「彼ら」

という言葉で

互いを区別する傾向があるのは、

人々が互いに

依存関係にあることを

知らずにいるからだと考えています。

私たちは同じ

ひとつのグローバル経済において

互いに依存しています。

気候変動や地球環境の変化もまた、

私たち全員に影響を及ぼしています。

しかも、私たちは人間として、

身体的にも、精神的にも、

情緒的にも同じなのです。

 

蜂たちを思い出してください。

蜂たちには

憲法も警察も道徳の授業もありませんが、

生き抜くために共に働いています。

小さな争いは時折あるかもしれませんが、

蜂の共同体が存続し続けているのは、

協力という土台があるからなのです。

一方、私たち人間には

憲法や複雑な法制度や警察だけでなく、

優れた知性と

他者を愛する偉大な能力があります。

しかし、

これほど多くの

すばらしい特性を備えていながらも、

私たちは力を合わせることができなくなっているようです。

 

組織の中で働く人々は

毎日緊密に連携しています。

しかし、

共に働いているにもかかわらず、

多くの人が

孤独感やストレスを感じています。

私たち人間は

社会生活を営んで生きる類の生き物ですが、

互いに責任が欠如しているのです。

何が間違っているのか

私たちは自分自身に

問いただしてみる必要があると思います。

 

私は、

物質的発展と

富の構築を

あまりにも重視してきたがゆえに、

やさしさや思いやり

といった

人間に

根本的に必要なものが

ないがしろにされてきた

と考えています。

人類はひとつの家族であることを

訴える責任を取り戻し、

この地球で共に暮らす

兄弟姉妹に対する

利他の心を取り戻す

ことは、

長い目で見れば、

社会や組織、

その中の一人ひとりが

豊かに生きるための土台となります。

これを実現する責任は、

私たち一人ひとりにあると思います。

 

 


リーダーはいかにあるべきか?

マインドフルであれ

(マインドフルとは?=頭で考えるのではなく、心で今に集中すること。たとえば「私は今、この記事を読んでいる」と、頭ではなく心で集中することです。それができるようになると、視野、思考の幅が広がり、小さなことに動じない安定した心になれます。)

心の平和を培ってください。

私たち人間には

すばらしい知性があり、

未来を分析して

計画を立てることができます。

また、私たちには言語があり、

理解したことを

他の人たちに伝えることができます。

 

怒りや執着といった

破壊的な感情(煩悩)は、

知性を働かせる能力を曇らせてしまうので、

すぐさま対処し、

克服しなければなりません。

恐れや不安は、

怒りや暴力に

簡単に取って代わられます。

恐れの逆は信頼であり、

信頼が

あたたかな心に結びつくと、

自信を与えてくれます。

思いやりもまた、

他者の幸福を気遣う気持ち

として反映されると、

恐れを減らしてくれます。

これはお金や権力ではなく、

友愛の情がなければ

手に入れることはできません。

 

私たちが

怒りや執着に

支配されているときは、

状況をありのままに理解する能力が制限された状態にあります。

しかし、

思いやりに溢れているときは、

心は穏やかであり、

決意を持って

実際的かつ

現実的に

理性を働かせることができるのです。


無欲であれ

私たちは自然に、

自己の利益を追うことに

突き動かされています。

これは生きていくために必要なことです。

しかし、

私たちに必要なのは、

寛容かつ協力的で、

他者の利益をも

考慮に入れた

賢い利己心です。

協力は友愛の情から生まれ、

友愛の情は信頼から生まれ、

信頼はやさしい心から生まれます。

真に

他者を思いやる気持ちを持てたなら、

ごまかしやいじめ、

搾取の余地はなくなり、

正直かつ誠実に、

透明性を持って

行動することができるでしょう。


思いやり深くあれ

幸せな人生の究極の源は、

あたたかな心です。

動物たちでさえ、

思いやりの情を示します。

しかも人間は、

思いやりと知性を

結び合わせることができるのです。

私たちは論理的に考えることにより、

地球に暮らす

70億人すべてに

思いやりを届けることができます。

破壊的な感情(煩悩)は

無知と結びついている一方で、

思いやりは知性と結びついた

建設的な感情です。

ゆえに思いやりは、

教えることも学ぶこともできるのです。

幸せな人生の源は、

私たちの

心の中にあります。

 

世界のさまざまな地域において、

多くの場合、

問題を引き起こす人々は

充分な教養を備えています。

つまり、

私たちに必要なのは

教育だけではなく、

心の良き本質に

目を向ける

ことなのです。

 

暴力か非暴力かの区別は、

ある特定の行為の

性質よりも、

その行為の

背後にある動機

によって

区別するほうが多いようです。

怒りや欲望を動機とする行為は、

暴力的な傾向があります。

一方で、

思いやりと利他を動機とする行為は、

概して平和的です。

祈るだけでは、

この世界に

平和をもたらすことは

できません。

私たちは、

平和を引き裂く暴力や

政治的腐敗に対して

対策を講じなければなりません。

実際に行動しなければ、

変化を期待することはできないのです。

 

「平和」はまた、

危険を脱した、

心がかき乱されていない

状態を意味します。

平和とは

私たちの心の状態であり、

心が穏やかであるかどうか

に関連しているのです。

大切なのは、

究極的には

心の平和は

私たちの内にある

ということに

気づくことです。

それには、

あたたかな心を育み、

知性を働かせる必要があります。

しかし、

人は多くの場合、

親切や

思いやり、

愛情が

生きていくための要因

であることに

気づいていません。


仏教の伝統には、

思いやりのあるリーダーには

3つのタイプがあると説いています。

それは、

 

1)先頭を行き、危険を冒し、

  模範を示す先駆者

 

2)預った人々に寄り添い、

   浮き沈みする川の流れに棹をさす渡し守

 

3)群れの羊が

   一匹残らず安全であることを

   自分の目で確かめる羊飼いです。

 

三者三様ですが、

共通しているのは、

いずれも自分が率いている

すべての者たちの幸福を

第一に考えていることです。

 

 

ウェブサイト

『ハーバード・ビジネス・レビュー』

2019年2月20日付からの転載