まちの人文庫  幕末本

 

 2023年は新選組結成160年ということで、9月末まで、京都では島原の輪違屋や角屋、壬生の旧前川邸の蔵、新徳寺、壬生寺の本堂など、通常非公開の新選組関連史跡が公開されています。筆者の知る限り、これほど多くの施設が一度に公開されるのは初めてです。今夏、京都へ来られてみてはいかがでしょう。暑いですけどねぇ。

  

 輪違屋             太夫がもらった近藤の書

  

 旧前川邸の金蔵         刀傷

  

 新徳寺             清川が演説した大広間

 

 壬生寺の壬生塚内に、土方の胸像が建立されました。こちらは和装の土方です。できれば、近藤の胸像と並べて設置されたらと思いました。

  

 

 さて、地元の図書館から、「まちの人文庫」という住民によるお薦め本を紹介するコーナーの執筆を頼まれました。今まで、演劇関係の本や、児童書、絵本、SFなどの本が紹介されていました。もちろん、筆者は幕末本です。

 覗きに行ってみると、図書館の壁一面に幕末本が並んでいました。なかなか壮観な眺めです。幕末ファンが増えるでしょうか。以下、推薦文を掲載します。

 

「燃えよ剣」(司馬遼太郎作 文芸春秋・新潮社刊)

 ご存じ、新選組副長土方歳三を有名にした作品です。1970年に栗塚旭さん主演で、1990年には役所広司さん主演でテレビドラマ化され、覚えておられる方もいらっしゃると思います。2021年、岡田准一さん主演で再映画化され、ご覧になられた方も多いことでしょう。 

「燃えよ剣」以前は、土方歳三のイメージは怜悧だが、冷酷で残忍というものでした。本作はその土方像を大きく変えました。本作を読んだ学生時代、私は土方が亡くなった時と同じ35歳になったときに、頼もしい大人になっていられるかと、考えたものでした。

 新選組は天下国家を語る集団ではありませんが、幕末期最強の軍団を作り上げた土方の人物像は興味深いものがあります。私はこの本を読んで、幕末物にはまりました。

 

「新選組血風録」(司馬遼太郎作 角川・中央公論社刊)

 本作は、新選組隊士を各章の主役にした連作物です。「燃えよ剣」は副長土方歳三の生涯を追った長編小説でしたが、本作では様々な立ち位置の隊士たちの物語が、司馬氏の名調子で描かれています。本作で描かれる隊士たちの最期は明るいものではありませんが、幕末という騒然とした時代の雰囲気を今に伝えてくれます。

 新選組が活躍した舞台地は、我々にとっては、身近な京都と大坂(明治期以降は大阪)でした。私が幕末史跡の掘り起こしをやろうとしたきっかけになったのも、司馬氏が描くところのこの2作でした。新選組隊士たちは京都と大坂をしばしば往復していますが、その際に通った道は、主に京街道でした。京街道は、大坂城京橋口から野田、蒲生、野江、関目、千林、守口・・伏見と続く、我々にはおなじみの道です。

 

「竜馬がゆく」(司馬遼太郎作 文芸春秋刊)

 土佐の郷士の次男に生まれた坂本竜馬は、後の日本の歴史に大きな影響を与えるようになっていきます。本作は竜馬の生涯を、興味深く描いた司馬氏の幕末物の代表作です。史実では坂本「龍馬」で、本人も書状で「龍」の字を書いていますが、司馬氏は、史実は史実として「竜馬」の物語をつづられたのだと思います。司馬氏は生前、竜馬の人生を本人よりも、よく知るのは自分だと語っておられたとか。なぜなら、竜馬が亡くなった後の日本史も知っているからだと。

 友情と忠義を語りたい方は新選組物を、天下国家を語りたい方は竜馬を好むと言われます。さて、あなたはどちらでしょう。

 

「世に棲む日々」(司馬遼太郎作 文芸春秋刊)

 幕末期のある時期まで、長州藩はおとなしい藩でした。それが一転して、藩ぐるみで尊王攘夷を旗印に過激な行動に出るのは、ひとえに吉田松陰の影響でした。

松陰が主宰したのが萩城下の松下村塾でした。松陰門下で、松下村塾の龍虎と呼ばれたのが、高杉晋作と久坂玄瑞ですが、松陰亡き後、晋作ら若き長州藩士たちは、巨大な幕府勢力に立ち向かっていきました。

 司馬氏は、時代の背景や人々の生活、政治情勢を鮮やかに描き、読者はその場にいるような感覚を味わうことができます。本作は、激動の時代を生きた松陰、晋作、玄瑞らの青春の物語です。

 

 

「花神」(司馬遼太郎作 新潮社刊)

 本作の主人公、村田蔵六、後の大村益次郎は長州藩の村医者の息子に生まれました。益次郎は蘭学を学ぶため、大坂・過書町(現、北浜)にあった適塾にやってきました。適塾は緒方洪庵が主宰した蘭方医学の塾ですが、日本史上で有名なのは、医者になった塾生よりも、福沢諭吉や大鳥圭介、橋本佐内、大村益次郎など、医者にならなかった塾生たちです。

 幸いなことに、適塾の建物は空襲の被害を免れ、現存します。適塾の2階にある大黒柱には、見事な刀傷が多数つけられていて、必見です。

 本作では、村医者であった益次郎が適塾で学んだ蘭学を生かし、宇和島藩の蘭学指導者になり、幕府の翻訳方になり、長州藩や官軍の軍事参謀になっていったという波乱の人生を、幕末期の世相を背景に見事に描かれています。