塔の愛称はジャック

 

この立派な塔をもつ建物は、横浜開港記念館です。東京駅を思わせますが、大阪中央公会堂同様、東京駅を設計した辰野金吾のお弟子さんの設計されたものです。もともと、この場所には、幕末期に越前松平家が横浜に開いた商館「石川屋」があり、越前福井藩士の息子、岡倉天心はこちらで生まれました。

 

 

 

 

 その後、町会所になりましたが、火事で焼け、大正期の初めに、このれんが造りの商工会議所が建造されました。

 

大正12年(1923)9月1日、横浜を関東大震災が起こりました。横浜は震源地に近く、100%壊滅!東京は80%破壊されたと伝わります。多くの犠牲者が出ましたが、明治期の横浜の建物はほぼ壊れ、今の横浜の地面を掘れば、明治期の瓦礫が出てくるといいます。その後、空襲でも大きな被害があり、気の毒なことに、横浜には古い建物がほとんど残っていないです。さて、この開港記念館、れんが造りのおかげで、関東大震災で木造部分は焼け落ちたものの、塔は残り、空襲も生き延びました。重要文化財に指定されています。

 

 

内部の装飾も素晴らしいので、入館されることをお勧めします。無料です。

   

 

 記念館の中で、咸臨丸の絵が展示されていました。横浜から出航したのですね。

 

 

 幕末の横浜の古地図もいろいろと展示されていました。ここから300万都市へと発展したわけです。良港は偉大です。

 

 記念館近くの赤レンガ倉庫です。こちらは、かつては輸入品を置いておいた大型倉庫でしたが、近年、用途が変更されて、再生店舗になりました。瀟洒な飲食店やカフェ、物販店に生まれ変わり、地域の経済活性化に貢献しています。横浜らしい土産物を探すのに、いいですよ。

2020年 秋 大阪あそ歩スケジュール

集合は、全て1です。

 参加費は、全て1500です(入場料は別途、今井町コースは入場料400円)。

 詳細は「大阪あそ歩」で検索してください。コロナ禍の折ですが、たくさんのご参加をお待ちしています。予約は不要です。当日、集合場所にお出で下さい。

 

日時

場所

関連人物

集合場所

926

(土)

西国街道芥川宿

松永久秀鼓塚跡

高山右近像・高槻城跡

織田信長・豊臣秀吉

松永久秀・高山右近

 

JR

高槻駅中央改札

102日(金)

今井町交流センター・今西家(入場)・織田軍本陣跡・称念寺・山尾家(入場・お菓子)

明智光秀・織田信長

豊臣秀吉・徳川家康

明治天皇・木戸孝允

近鉄線

大和八木駅改札

103日(土)

月江寺(天王寺砦跡)・四天王寺・安居神社・茶臼山・一心寺

織田信長・明智光秀

赤穂浪士・徳川慶喜

聖徳太子

徳川家康・真田信繁

大阪メトロ線

四天王寺夕陽丘駅北西改札

109

(金)

龍馬の結婚式場跡・光秀首塚・瑞泉寺・近江屋跡・本能寺

坂本龍馬・明智光秀

岩瀬忠震・橋本左内

豊臣秀次・織田信長

京都市営地下鉄

東山駅改札

1017

(土)

光縁寺・旧前川邸・八木邸・壬生寺・本能寺跡跡・若狭藩邸跡・二条城

近藤勇・土方歳三

新選組隊士

織田信長・明智光秀

徳川慶喜・渋沢栄一

阪急線

大宮駅東改札

 

 

            横浜港

 

今回から、ミナト横浜です。安政5年(1858)の幕臣岩瀬忠震(ただなり)・井上清直がアメリカ公使ハリスとの間で締結された日米修好通商条約のおかげで、横浜村の運命が変わりました。それまでは、ごく普通の農村・漁村であった土地が、深い海岸を持っていたがために、にわかに脚光を浴びることとなりました。本来は、神奈川港が開港するはずだったのが、人通りの多い東海道の神奈川宿がすぐそばにあったことと、横浜港は深かったがゆえに、開港場所は横浜になりました。これからは大型船の時代ですしね。明治以後、大阪港より神戸港の方が盛んになったのも、同様の理由です。進言したのは、勝海舟の弟子で、大坂海軍塾の塾頭だった佐藤与之助政養(まさやす)でした。この方は測量のプロで、その後、神戸海軍操練所の教授方をやり、明治になって、新橋―横浜間の鉄道敷設に尽力されました。

 

 

 写真は大型船「飛鳥Ⅱ」が横浜港に停泊していたのを撮影したものですが、振り向けば、すぐ近くはビル街で、いかに、海岸が深いということが理解できます。

 

 

 

 神戸もそうですが、町のすぐ近くに大型船が停泊できるのは、近代化にもってこいです。鎖国下の旧幕時代には、大型船は造れないので、必要はなかったことです。

 

 

 

 写真は復興された「象の鼻」と呼ばれた防波堤です。明治・対象の横浜の古地図には、この象の鼻の形をした防波堤が描かれていました。

 

 

 港近くの税関所です。幕末期から明治期は運上所と呼ばれていました。明治期、大阪にも運上所があり、初代所長は五代友厚、副所長は陸奥宗光でした。亡くなった三浦春馬さん主演の五代映画「天外者」が完成し、年末には上映されそうなので、大阪の運上所がドラマの舞台になるかもしれません。ぜひとも、男前の五代映画を映画館で拝見したいものです。薩英戦争時の横浜にも五代さんは関わっているので、幕末の横浜もドラマ化されるかも。