「男のボランティアの先生も居るんだよ」

「へぇ」

「すっごく優しくていい声してるんだよ」

「そうなんや。ほなイケメンやろかな、その人」

「きっとそうだよ」

「みんなにも熱心に分け隔てなく接してくれるし」

鮎川知絵美って言う女の子にいきなり話しかけられてこんな会話をした。

知絵美ちゃんはウチより1つ年上で8歳の時に完全失明。もともと弱視力でほとんど見えへんかったらしいけど。

好きなものは焼き立てのパイとジャニーズの嵐とオールナイト日本。そして親切な人。

嫌いなものは椎茸と夜明けとゴキブリ‥らしい。

朝からずっとそんな話しを聞いていた。

ってなんやこのお見合いプロフィールのような事細かさ。

友達になってゆうてきてペタペタとウチの体を触りながら「あ、胸、負けた…」とか「腰括れてるねっ。私幼児体系なんだよね。羨ま~」とか言いながら。

両手握って「よろしくね」って半ば強制的に『お友達』にされてしもうたんやけど、なんとなしにウチは策略を感じてしまい、トイレに座ったまま考えてみた。

なんでウチの名前とか知ってんねやろかな。

と…

ん………

あ…

何かうっすら輪郭が見えてきたで。


フワッとパパのニヤケ面が浮かんできたわ。

プレゼント用意してるから…ってもしかしてコレなん?

他に今の所そんなもんないしな。

ここ見付けてきたんもパパやし、会社の部下やゆうし。

そうゆう事かぁ…

余計な事を。

でもウチがまだこっちに引っ越す前に誰とも会いたくないし話しもせえへんと、親友やった友達があの後何度も謝りたいゆうてきたけどはね除けて知らんぷりして「友達なんかいらんし、もうどうせ出来へん。偽善なんかいらんわ」とあの時は流石にパパにまで当たってしまってめっちゃ暴れたんよね。
それずっと気にしてたんやろか。

パパはずっとウチが寝るまで側に居て頭を撫でてくれたけど言葉にしてはその時もその後も一切なんも言わんと受け流してくれてんやと思うてたけど。

気にしてたんやなぁ…

なんかちょっと嬉しかった。

くすぐったいような、でもそっとしといて欲しかったような。

なんでかウルッときてギリギリで堪える。

ウチは気を取り直して教室に戻る事にした。

けどまだ動揺しとったらしくドアをノックするの忘れてしまう。

「ただいま。知絵美ちゃん」
中へ入ったらいきなり杖の先がゴツンとぶつかってなんや思うと聞いた事ない男の声。

ドキリとした。

そのふわりと丁寧に吐き出されてゆく言葉は、まるで初夏の透き通る夏空にゆっくりと浮かび舞い消えて行く雲のように感じた。


ありまようた
そう声の主が告げる。
なんやうっかりお酒でも飲み過ぎた時みたいな名前やな。

心の中で下らないことを思う。

取り敢えずテンション上げて色んな事を誤魔化してゆく。

体温も上がったかも。

ついでに声は上がり過ぎて裏返ってなかったやろか。

にしても確かに優しい声やね。

これが偽善と違うならね。

パパの親切や好意、心配は割りと素直に受け入れられるのに他人のものは受け入れられへん。
なんでやろう。
それどころか薄汚くおぞましくさえ思ってしまう自分をどうやっても拭えずに。

でもパパのしてくれたことやからて知絵美ちゃんまで受け入れてええんやろうか。
同じ立場やから?

平気?

今はまだこの自分自身の中の暗闇とも共存出来てへんのに。

無理やろ。

知絵美ちゃんはそうゆう部分どう考えて生きてるんやろな。

いつかホンマの仲良しになれたら聞いてみようか。



「有間先生どうだった?いい感じでしょ?」

「うーん、どうやろかなぁ。確かに感じは良さそうやったけど」

「彼女居るのかな?」

「知らんの?聞いてみたらええやん」

「うん、そうなんだけど。そうゆうのちょっと聞きにくくない?」

「平気やて。ならウチが聞いたげるよ」

「え?!マジで?」

「ウチはおらへんような気がするけどなぁ」

「そっかなぁ」
一瞬だけ知絵美ちゃんの声が弾んだような気がした。

こうして次の日から有間先生に恋バナを持ち掛けて根掘り葉掘り聞き出して楽しんだ。

まぁ大した話しは聞き出せへんかったんやけど他人の恋バナはやっぱり聞いてて楽しいもんなんやと思った。

肝心な部分はあっさりと今はフリーと聞けたからまぁええやろう。



窓から甘く爽やかな匂いがした。

桜…見たいな。

無性に思うとなんか最近穏やかだった心のドロドロが蠢いた気がした。

入学式から10日が過ぎた。
割りと慌ただしい日々は早く流れてゆく。

オーロラの世話して散歩してそれから学校。

「外に慣れてきたらオーロラと一緒に学校行ければいいわね」なんて言うてたママはウチの送り迎えして「今日も頑張ってらっしゃい」って手を振るけどどことなく元気なかった。


そしてこの日も1日無事なんもなく終わってゆく。

朝は風が気持ち良かったけど帰る頃にはその風も湿っぽく泥臭く感じた。

教室にはウチ1人でさっき知絵美ちゃんも親が迎えに来て帰ってしもうて。

あ、有間先生おったね。

なんか色々雑談してたんやけど何故かなんも頭に残らへん。

雨酷いな。窓を叩きつける雨音がウチの心まで打ち付けるように感じた。
にしてもママ遅い。

おそ~い。

有間先生が色々話し掛けてくれてるのにうつらうつらな受け答え。

ママ‥ウチの事捨てたんかな。
そんな訳ないって。

有り得ない。あの人は逃げ出せない。ウチからちゃう、世間から。そんなママやもん。



…………寂しい

ふと、心の真ん中にそんな感情がドンと居座ってきた。

気付いたら有間先生を探してシャツの袖を掴んでた。
本当の意味でウチの面倒見てくれる相手はどこにもおらんねや。

「ちょっと待ってて」

有間先生はウチの手を袖から離して教室を出ようとした。

偽善でもええ。誰かウチを包んで。。。

ママは風邪から来る過労みたい。


結局ウチは有間先生とタクシーで帰る事になった。


大粒の雨を横切ってく時有間先生が繋いでくれた手は、何故か離したらワンワンと泣き出してしまいそうでただギュッと掴んだ。


タクシーに載せられ家に着くまでその手は離れずにいた。


「着いたよ。家まで一緒に行くよ。お母さん心配だしね」

「すぐ戻るのでちょっと待ってて貰えますか」

有間先生はそう言うとウチを降ろしてくれて一緒に玄関まで行く。

「鍵ある?」

「うん大丈夫や」

ウチは首にぶら下げた鍵を胸の中から取り出しストラップをブラブラさせた。

鍵っ子とか流行らんなぁ。
有間先生に鍵を渡して開けて貰う。

ドアを開けるとモサモサした毛の生えた肉の塊がウチの太ももを軽く撫でた。

オーロラただいまぁ~。

「畑山犬飼ってたのか」

「先生、この子盲導犬やで一応」

「あ、そうか。そうだよな~」

「まだ大して働いてもろうてへんけど」

さて

「ママ~!!帰ったで。ただいま」

返事ない。

「ママ~?大丈夫なん?」

少し間が開いてやっと寝室から声がした。

「ごめんね~ママ熱が9度まで上がって体ダルくて動けなくて…そこまでなら今行くから待ってて」

「別に無理せんでええよ、ママ。ウチ先生と一緒やから」

「じゃ、尚更じゃないの…」
フラフラとママは足音を立ててこっちへ来た。


「あ、無理なさらずとも。僕英語のボランティア教師の有間と言います。今日はたまたま居合わせたので土田先生の変わりに送ってきました」

「そうですか。すいませんでした…御手数掛けて。」

「ええからママ寝ときよ」

「本当悪いわね。歩野華」

「ええから」

「じゃぁ僕はこれで。お母さんお大事になさって下さい。もし明日以降送り迎え大変そうならこちらで何とかしてみますんで、その時は学校へ連絡してみて下さい」

「いえ、ありがとうございました。ご迷惑かけます」
先生がドアを開ける音がした。


急にウチはこのまま1人になりたくない気持ちが込み上げてきて……。


気付いたらまた先生の方に手を伸ばしていた。