携帯をiphone7 plusに変えました。
記念すべき一枚目
私の両親は昔から色々と自由にさせてくれたけど
中学時代、唯一携帯電話だけはクラス全員、友達みんなが持ってても持たせてくれませんでした。
(あとあと聞くと、部活をすぐにやめる私に我慢、忍耐力をつけようとしてたのと、将来のパソコン時代に向けてパソコンができるようになってほしかったとのこと)
そんな思いは当時の私に響かず
週1ペースで《携帯は何故必要なのかプレゼン》するも、失敗し号泣。
お母さんに使えなくなった携帯をもらって、エアメールをする日々。
わざと学校帰り連絡なく遅めに帰ってみて《やっぱ電車通学やし、携帯ないと心配やろアピール》をしてみたり、(じゃあ、遅くなるときはお父さんの携帯持っていき、と、父がとばっちりを受ける)
友達にお土産でもらった携帯ストラップをセロハンテープでパソコンにつけて
《やっぱパソコンにストラップは合わへんやろアピール》をしてみたり。(両面テープの方がええんちゃん?と謎のアドバイスを受ける)
諦めも肝心って、この時に悟った気がします。
それからは
パソコンでメール生活
当時みんな携帯アドレスをしょっちゅう変えるので、私も真似してパソコンアドレスを無意味に変えてました。
電話は家電か公衆電話。宝物はテレフォンカード。
みんなの携帯番号も覚え、記憶力も養われました。
男子校の文化祭にみんなで行って、
アドレス交換した男の子に《え、ゆかちゃんのアドレス@の後がdion.ne.jpやけど、どこの携帯?》と聞かれて
《ピーシーやで》と答え、引かれることにも慣れ、あまり不自由な気持ちもありませんでした。
(お目当の男子から連絡が来なくても、PCやから届かへんのかな、しゃーない、しゃーないと自分に非があると考えたことは一度もありませんでした)
そんな私が
高校に入って、だれよりも早くにバイトデビューをして
自分で稼いだお金で念願の携帯電話を買いました。
狂い咲いた私の1番初めの携帯電話料金は
5万円を超えました。(自分で払えと言われたので、携帯ショップに自分で掛け合って、二回の分割払いにしてもらう)←今じゃ考えられない人情物語
そこからずっと
半年〜1年で携帯を変えるチャラい携帯人生を送ってます。
キャリアも
auからdocomo、SoftBankと乗り換えまくり、
携帯タラシの10年間。
今回、初めて手にした携帯のauに戻ってきました。
というわけで!
ここに誓います!
川岸、チャラ携帯生活をやめます。
脱チャラします。
いまの携帯一筋でいく決意をいたしました。
よろしくお願いいたします。
ps. 7plusって美白効果もバッチリですよ٩(^‿^)۶