花街京都案内所 -3ページ目

新・京都小説

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日本文学数々あれど


作家が一度は舞台に選ぶ街がある


そうだ、 京都 で書こうビックリマーク


と大作家から、小説好きの文学少女まで、

様々な文書家が、一度は舞台にしてしまう街『KYOTO』


京都小説というジャンルだってできるのではないかと思う(できていたらすみません…あせる

ほど、この街を舞台にした物語は多いのだけれど


この『太陽の塔晴れ』は、その中でも新しいジャンルを開いたのではないかと思う


田中神社や元田中、一乗寺、百万遍など、私も通う地域を書いているだけに、

その描写の細かさや臨場感をとても好ましく思うのだけれど、一番イイのは

なんと言っても…


京大生って、こんなんやんな~OK流れ星


というくらい、イマドキの京大生を書いている


「学生紛争」という言葉がほぼ、死語となった今、京大生=○翼とか

そんな図式は全くたたず、世間でいう、二極化といわれるものが、その何百分の一の大きさの

大学でだって起きている。


大学入って、勉強する奴は、勉強するし、しない奴は全くしない


どこの大学でだってそうだけれど、こと京大においてはそれが顕著なのではないだろうか


しかも凄いコトに、私の周囲の文学、文化、国際経済なんかを本気で勉強している京大生は


100%社会不適合者になってますカメ波

完璧に「賢者」の部類に入る人たちが、会社の面接はおろか、バイトの採用ですら無理雷

家庭教師に行って、「うちの子に変な事教えないで!!」と蹴りだされる始末…しっぽフリフリ


もしかして、社会って、あまり考えずに、何も知らない方が上手くいったりして…足あと


社会の真理を教える授業、早く開講しないかな~ハートブレイク

大人の条件

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女の子が、「大人になった」と言われるのは


例えば、ひと夏の経験ドキドキ だったり 一人の生活おにぎりだったりするんだけれど


それは、とってもプライベートなもので、外から見ている人間には、

嬉しいような虹寂しいようなあせる雛が巣立つのを見守る親鳥みたいな気持ちペンギンペンギン


本人にしか分からない、なんらかの変化を、周りはただ、ただ見ているしかないのだから


そんな、甘酸っぱい秘め事も、花街では無問題パー


だって、一目で大人(芸妓)になるってわかっちゃうんだも~んパーパンダ


理由は、上記の髪型「サッコウ」と言います(漢字がPCに出てこなくて…汗

この髪型が、舞妓最期の髪型となって、これから、一月程すると、もう、立派な


芸妓大人のドキドキドキドキドキドキドキドキ

になるのです。


この際には「黒髪」という舞を舞うのだけれど、その内容がかなり切ない雪

要約すれば、大好きな貴方と添えずに、私は他の人のモノになっちゃいます~あせるあせる

というコトなんですが、黒紋付から覗く襟足と、ふっと振り向く横顔がかなりGOOD音譜


どんな、顔の舞妓ちゃんでも、その時ばかりは確実に綺麗に見える足あと

多分、それは、豪華な着物のせいじゃなく、


彼女たちが、厳しい稽古と複雑な人間関係に、ココまで耐えてきたのだ


という宝石ブルー自信からくる輝き宝石赤なんだと私は思う。






SEX AND THE CITYを…

全巻もってますブタネコチョキ


私にとっては「楽しみ」のベスト5に入るこの番組を、只今見ています。


何度見たかも分からない程、大好きなこの番組に女性の言葉はココにあるんだと

疑いなく、思っている。



そんな、アンチ ヒルメロドラマのこの中で、

最も好きな登場人物


サマンサ・ジョーンズドキドキ


セックスの大好きな女性という設定なのだけれど、

本当にそうなのだろうか?


彼女は、自立し、男性のように、自分の人生も性生活も、

自分の選択は全て自分で決めようと思う彼女は


どんな、ジェンダー論者よりも自立した女性ではないだろうか


無論、それには慣用な、それなりの代償が必要だ。


悲しさや虚しさと、仲良くなる率はかなり高い


辛さの裏側を、強さと成功とプライドで補っているように思える彼女

辛さも全て、自分のモノにしている女性だ


辛さと幸福を備える寛容な人



そんな人に、なりたいと思う…


(当分、修業は必要だけれど…)




雨の日に…

「雨は嫌い」と女は言った


部屋に戻り、二つの選択を考える

「このまま、日常を送る」「外へ出て、変化を受け入れる」

同じ手裏剣不幸手裏剣ならば…


彼女は部屋のドアを開け、彼のいる車へと走り来る


抱き合う二人…ドキドキ

ただ、坂を転げるような不幸へのスタートだとしても、本人にとって幸福ならば、それは不幸とは呼ばないのではないか。


そんな事を考えながら

「嫌われ松子の一生」夜の街

を鑑賞しました。


まあ、中谷美紀と伊勢谷の、綺麗めコンビキラキラキラキラ

ゆえに、そんな事を思ったのかもしれませんが、


これもアリかなパーブタネコ

なんて思ったっちゃいました



けれど現実の社会においては、「日常を送る」コトの方が、比較的に安全パイであったりする。

場合によっては「変化を求める」コトは馬鹿のするコトなんて思われる事だってある


でも、本当は、皆変化」に飢えているのではないだろうか?


仕事一筋サラリーマンが、イキナリ脱サラするように、オジサマたちが、若い愛人を作るように


何かを変えたいとかげ

とかげ

人間がほとんどではないどうか…


もしかすると、それは進化の理由みたいなもので、遺伝子の中に既にプログラムされてたりして…


人は、「遊ぶ」のが楽しいのではなく、

非日常の状況を「遊び」と感じるのかもしれない


だとしたら、

遊び尽くしたスーパースターは、

自分の顔を鼻が落ちるまでイジルか

宇宙の支配でも始めない限り


楽しい遊びを見つけるのは至難の事なのかもしれない…








2006/06/08

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本日は大好きなSさんのお誕生日☆おめでとう(o^o^o)

私って…「あいのり」以下ですか???

大学の時、大好きだった先輩。

お坊ちゃまなのに、バイト漬け、ブランキーの大ファンで、誰にでも優しくて、とっても賢かった先輩ドキドキ


彼が、「世界を放浪する旅に出た」と聞いたのは、卒業式の二日前だった。

                                                            カエル

そんな先輩が、帰国後、一番最初にしたことが『あいのり』のオーディション   

                              カエル

しかも、見事に不合格だった。けれど、さすがは私の憧れの人恋の矢

今でも地道に役者を目指して頑張っている。


けれど、内心、そんなオーデションを受けたと聞いた時は…

『なんで???むかっもっとやる事あるやろう!!!ロケット


とかなり、ムカついていた私だから、未だに、独断と偏見で、この番組が嫌いである

第一、カメラの前でする真実の愛と言われるものに、あまり興味も持てないし…


っと、そんな私は、今から約一時間前、ある人物に電話をした。


すると、その人物は、日頃から長州小力的態度(キレてるんですか?と聞きたくなるような態度のコト)であったが、

今日は特に無愛想

「あのね、私ね、ちょっと聞きたいコトがあるの」という私の言葉に、明らかに耳を傾けていない様子


そして、その人物の口から、なんと…



「今、『あいのり』見てるから、後にして!!」


という驚きの応答が帰ってきた。

                                              むかっ

                                      むかっ むかっハートブレイク

「わかりましたウサギむかっ


私は優しく電話を切った。


確かに、趣味は千差万別。そこをどうこう、言うつもりはないけれど、


大人なんだから そんなにムキにならなくたって……


しかも私にとっては

知人に電話を断られたコトよりも、


 私との電話携帯  『あいのり』を真剣にみる電車


= 私は『あいのり』に負けた女


という公式が、相手の頭の中ではじき出されたことが悲しい…


『あいのり』が悪いなんて、そんな事は申しません。


ただ、そんなに他人の恋愛に夢中になっていたら、

自分の恋愛を忘れちゃったりしないかなハートブレイク


と少々心配してあげたりなんかして…

まあ、『あいのり』以下の私に心配されたくないかもしれませんがね…

(私って、意外にシツコイかしらパンダ汗

笑いの理由

23歳を過ぎたころからか、私の目尻にうっすらとうかぶ 斜線


人はそれを シワ と呼ぶのです……とかげ


けれど、私は、この斜線を好ましく思っていたりする。


「我慢」という言葉がこの世で最高に嫌いな私にとって、

目尻に斜線をえがく表情をするのは……


笑顔しかありませんロケット


私の目尻に刻まれてるのは、そう、幸せのドキドキ かドキドキ しドキドキ


最上級にくだらなく、最低にどうしようもない笑いに毎日出会えている気がする。


けれど、それは本当に大切な事なのかもしれない。


だって、笑いは、一人で成立つことはない。


同調する仲間や、反発する親友、けしかける周囲がいてこそ

そこが楽しい場所になるのではないか。



どうしようもないコトで、大笑いして、涙をながして、意味もないイタズラを思いつくような

そんな仲間とは、きっと、砂漠の果てでも笑っていられるのではないだろうか。



笑えるのは、環境や場所なんかじゃない。

それは、きっと、一緒にいてくれる仲間のお陰なんだと、私は思う。










「勝ち組」の匂い


あの人が帰って来るのを待っていた。

木とインクとタバコとお酒の匂い。


彼の背中に飛びつきながら、実はその匂いを肺中に吸い込んでいた。


父の匂い は大人になった今でも、大好きで大切な私の匂いだ。


私は父が35歳の子供だから、今年で60歳になる。


サラリーマンとは違う仕事だからか、人と接するのが、元来苦手な性格だからか

あまり身なりに気を使わないところがあって、年に一度、プレゼントするシャツなんかを

かなりのペースで着回すから、去年のラルフのポロシャツは

今は衿が全くたたない状態になっている。


たまに、TVを見ながら、私以上に号泣したり、飲みすぎたら、すぐクシャミをしたり、

私よりも冷え性だったり、ピアスを空けたくらいで泣いたり…


本当に、どうしようもない人だけれど、私は意外に彼が好きだ。

いつか「ありがとう」って言えたらいいと思っている。



世の中には、いろんな関係の親子がいるけれど、親の匂いを直接嗅げる私は、意外に幸せ者だ。


教師、バーテン、サラリーマン、コック、画家…


いろんな職業の親を持って人は生まれてくるけれど

どんな親から生まれた子供も、きっと抱きつきながら、その「匂い」を感じているのではないか。


親の働く姿なんて、今の社会で直接見るのも難しいけれど

きっと、その成果を、お金なんかじゃなく、株価なんかじゃなく、

流した汗や、シャツに染み付いた汚れた空気や、緊張を和らげたお酒の匂いで

子供は静かに分かっているのではないだろうか。


「貧しい人は幸いだ」と何かが書いているのは、きっと

貧しくとも、勤めて働く人からは、そんな匂いが十分に感じ取れるからだろう


もしも、私が「勝ち組」と言われる、指先だけでお金を稼ぐ人を父に持っていたら


私の大切な匂いは「お金」の匂いがしたのだろうか?


夢の実現へ  半歩前進…?


人によっては、「夢」や「憧れ」は、遠巻きで見ている方が幸せだ

と信じている人もいるだろうが、そんな人には、一言ラブラブ


同じ夢で、幸せですか??


と聞きたくなってしまう…。


私にとって、「夢」とか「憧れ」は、いつか必ず実現して、次の夢を見つけるステップ

それが、どんなに些細な事でも、どうにか、楽して叶えたいと思っている。


そして、最近の私の「夢」は


リリー・フランキーに会いたい!!


『東京タワー』は勿論、彼の著作は、研究資料よりも先に全部読んじゃったし、

(特に『ボロボロになった人へ』の大麻農家の嫁の話はかなり好きドキドキ


検索にかかるものは、大抵、見てる自信もあるのですが、

そんなある日。

見つけちゃいました!!

リリー・フランキー京都に来る




来月22日に行われる、京都広告塾のイベントで、リリーさんが、京都に来るらしい!!

で、昨日、その受付開始チューリップ赤

PC音痴の私のことだから、まさかの事態もも考えて、知人にもお願いしておいたのが功を奏して


リリー・フランキーに会える!!!!


就職活動、勉強と、まったくパッとしない私には、この出来事がまるで夢のよう虹

今から、ドキドキしすぎて、勉強が手につきませんあせる


ちなみに、この京都広告塾の企画は意外と面白くて

他に糸井重里さんや、おちまさとさんなんかも来るらしい!!


まだ、申し込みをしてない方は、ぜひぜひ是非!!

(って、私、京都広告塾の回し者みたい…)



BROKEN FLOWERS


今年こそは!!と意味もなく意気込んでみた新年だったが、過ごしてみれば、流れ、流れて、流されて…


まあ、それを好き好んでやっている私なのですが、本当に今年も半分。


父娘みたいな関係のNちゃんが


「一年が、年を重ねるにつれて早くなるのは、年齢分の一年やから。当然やで」


と言った時、少し彼を好きになったな☆


なんて、コトを思い出すくらい、本当に時間は、自分の知らないところで流れていってたりする。



本とお人形が大好きだった内気な五歳の少女が、二十年も経てば、「あの子、かわいいドキドキ」なんて言って

いきなり、キスの大SALEの!!な人格に変貌するのだから

「時」というのは、本当に恐ろしいものなんだろう。

(ご迷惑をおかけした方々に、心から謝罪いたしますあせるあせる



特に女性は、自分の変化が顕著に現れる動物だから、「時」の感覚を自分を通して知ることはあるけれど、

最も厄介なのは、思い出というやつではないだろうか。


その時の私が、大切に思っていたコトやモノ。時間が経って手元にあれば

「そんな時代もあ~たね」と笑って済ませてゴミ箱行きもアリなのだけれど


ある程度の時間と距離ができているのは問題だ。



十年ぶりの同窓会ヒヨコ初恋のアノ彼はラブラブラブラブラブラブ……




                            むかっむかっ

ハ ゲ テ ル やんむかっブタネコむかっ

             むかっ むかっ


なんてコトが普通にあるように

しばらく合わなかった親戚の子が、えらくマセたガキになってたように

「経過」を知らない思い出は「」とでるか「」と出るかで大きな違いが生まれてくる


久しぶりにイイ映画を見た。


「BROKEN FLOWERS」

まさに、元カノ=「思い出」ちゃんたちとの再会は、見事に凶。


イカレ娘と暮す未亡人、電子レンジ料理妻、動物言語通訳者、終いには情緒不安定ロッカー…


最後の一人は、鬱蒼とした緑の大地の下に眠っていた。




それまで、単なる「過去」にしてきたことが、すべて「最悪」な事態になるのだけれど


唯一、確かな事を主人公は見つけたのではないかと思った。


本当の事は、自分の中にある」ってこと。


カンヌといえば、芸術性が高く、難解。少々作り込みすぎな作品を思わせるが、

昨年のグランプリ受賞品は、少し、チープで、単純な、一瞬の真実と、永遠の儚さを教えてくれた。


いつでも「映画」は、単なる物語なのだけれど

そこから、人は「美」を知り、「優」を知り、「無」を思う

そんな作品を、人は文学と呼ぶのだと思う。