花街京都案内所 -2ページ目

祇園祭の夜

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山鉾ばかりが目立つ祇園祭
「意外に地味な祭りよね~」
「なんで、歩くだけなん…」

なんて、期待ハズレと思われがちな祭だけれど

きちんと神輿もあるんです

昨日は、祇園祭の宵山

「祇園さん」と街の人に親しまれる八坂神社の能舞台に

三基の神輿が並びました虹

京都のイメージとはちょっと外れる

キンキラキンアップ

この日は、島根の石見神楽の奉納もあって、八坂神社は華やか黄色い花

そして、本日、17日

山鉾巡行の後

三基の神輿は八坂神社から、それぞれの氏子衆によって担がれ、四条通の御旅所に向かいます

揃いの装束に地下足袋姿
やっぱり男は祭よね~ドキドキ


何十人の男達が、大切に神輿を守る


祇園祭が千年以上も続く理由はきっと彼等の汗にある

都の夏

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春夏秋冬 京都は訪れた人々に様々な表情を見せてくれる

都の華やかさを一層引き立てる桜
古都を錦に彩る紅葉メラメラ
穢れを全て隠すような雪景色雪

それぞれ全て、京の魅力を語るのになくてはならないアイテムである


そして、今

を求める京都に求められるのは
冷たい氷や水ではなく

この艶やかな新緑ではないだろうか

確かに直接的な冷たさはそこにはない

けれど、花を咲かせ、葉を色付ける間の、この力強く、若く、萌ゆる香のする
この新緑からは京都の涼を感じずにはいられない

京の街全域に広がる透き通る緑色の帯は
照りつける夏の太陽に負けぬような
生命力を与えてくれる





よいお酒を飲むには…

それは、最近の話


よく酔っ払っている私だが、お昼は普通大学院生ドキドキ


まじめに、研究資料を読んでいると、一通のメール手紙が…


見れば、知人のオジサマから


メールを机下で、そっと見ると、


なんじゃこりゃ~むかっ

と叫びたくなるような内容が書かれていた



内容を簡単に記すと


あまり酔っ払わないでねお月様でも、今度は君が酔っ払うまで、付き合うよドキドキ

みたいな内容


あまりにムカついて、すぐにメールを削除した


しかしながら、ここで、私がムカついたのは、このオジサマではない。

だって、このオジサマとは、ここ半年ほど、一緒に飲みにも行っていないし

会ってもいないのだから…


私が、かなり切れてたのは、私が酔っ払った経緯を、この人に話した人物がいるというコト

そして、それが、店員だということに、かなりの憤りを覚えてしまった


お店で飲むという行為は、多くの人にとって、ストレス解消になることだと思う

話を聞いてくれるマスターと美味しいお酒があれば、

本当に満足ラブラブ

けれど、この場合、マスターは、もの言う壁であるべきだと思っている

求めた言葉が、きっちり返ってくるような、そんな壁であるべきだ


求められてもいない事、特に他人の動向やプライベートなんて、口が裂けても言ってはいけないのではないだろうか


そう考えてみると、何だか最近、個人的な事をネタにするお店が増えているような気がしてしまう


話のネタがないためか、単なる嫉妬心からか


第三者のネタをお酒のネタにして、お金を戴くのは、プロとして、どんな気分なのだろうか?


何も語りかけてくれないけれど、最高のお酒を提供してくれるような店主もいれば

当人には全く関係ない話をベラベラ喋るバーテンもいるし

歯の浮くようなお世辞を並べるホステスもいる


ワインにソムリエがいるように、サービスを提供する業種にも

資格試験を行うべきではないだろうか。



飲みに行くには、相手と場所だけではなく、店員も、大きな判断基準となるのだということ

最近少し、判ってきた







三室戸寺の雨

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雨の日は嫌いだ
何だか体は重く感じるし、偏頭痛まで押し寄せてくる
可愛い靴も履けないし、せっかくの巻髪もすぐに崩れてくるむかっ
そんな私が雨もいいと、この時ばかりは思ってしまった

西国三十三ヶ所 第十番札所 三室戸寺

宇治川を見下ろすような住宅街の一角に突如タイムスリップしたような空間が現れる
「花の寺」と呼ばれるその寺には、名前の通り四季の花が咲き乱れる
今の季節は一万株の紫陽花、そして、蓮の花宝石赤
7月2日 蓮酒を楽しむ会が行われた
毎年、この日に行われるらしいこの会は、蓮の葉から、その茎を通して酒を飲む

その日、京都は恋人と離れ離れになった少女みたいに、朝から雨が止まらなかった

宇治川を渡り、三室戸寺に着くと、その雨は次第に強くなり
前も見えないほどになってしまった
お寺の軒先から身動きとれずにじっと、蓮の花をみていると

その蓮の、まっすぐ伸びる凛とした表情
蓮の葉が天から落ちる涙を抱き込む優しい姿に出会った

空気中の汚いもの全てを洗い流すように雨は降り続けて
おかげで私の服もびしょぬれになったけれど

この日の雨は私にいい事を教えてくれた

きっと、人の心にもそんな雨がたまには降るのだろう
心の中の驕りや不逞を全部綺麗に洗い流してくれるような雨
それは、多分、自分一人になった時に降る
心の涙みたいなものではないだろうか






正しい別れ方について

日本美術史を考える時、おしはかる というのがキーワードとなるのだが

これは何も、美術に限ったことことではないようだ


日本の風土がそうさせるのか、はたまた、八百万の神のせいか

ここに生きる人間は、推し量って考えるのが大好きラブラブパーラブラブらしい


例えば恋愛においても、そうではないか


外国の人とばかり付き合う友達に、その理由を尋ねたところ、彼女は何の迷いもなく

うっとうしいけど、わかりやすい

と答えてくれた


なるほど、確かに、海外ドラマを見ていても、外国ドラマ(特に米モノ)は、

飽き飽きするほどI LOVE YOUドキドキフグ

五秒後には修羅場ドクロ状態


スワヒリ語で喋っていても、ここまで分かりやすければ、字幕を付ける必要もない


こんな状況、日本ではまず無理だろう

I LOVE YOU が真顔で言える日本人を、尾崎豊以外に私は知らない


この国に住む大部分の人が、「好き」という想いを推し量って欲しいと思っているだろうし

直接、切り込まれるよりは、間接的に知る方がアリでも、ナシでも無難だと感じてしまう


最近、減少傾向にあるのかもしれないが

結婚式の仲人さんというやつが、最もこれを代表していると思う

お見合い結婚は無論の事、恋愛結婚でさえも、なんとなく、親戚や上司なんかに頼んだりして…

披露宴のステージで、新郎よりも目立っちゃったりなんかしてあせる

(って、それは私の父ですが…)


とにもかくにも、これは、明らかに直接交渉を回避しているとしか思えない


けれど、こんな回りクドイ事をして、丸めた毛糸みたいにならないのは

それだけ相手の気持ちを理解することができるからではないだろうか


しかし、恋愛は、変化をする

その変化の中では、相手の気持ちの理解度も大きく上下してしまう


経験はないだろうか?

二人の恋ドキドキのウエーブ波

絶好調クラッカーの瞬間は


相手の事を何でも分かった気になって

「彼って、最近、忙しくて…でも、こんなにガンバってお仕事してるってコトは、もしかして…ラブラブ

なんて、アロハでチョモランマに登るくらい無謀パーな夢を抱けるけれど

高瀬川の水位程度になったら最期

全く分からない


多分、全世界の恋愛の中で、こういう最期は最も汚い別れ方のような気がする


相手の気持ちが分からないのは、多分、それよりずっと前から、好きではないということだろうし

「分からない」責任を相手に押し付けているような気がする


相手のコトを想いながら、別れるコトは辛いことだ

けれど、そこで流した涙は、きっとその恋を愛に替えてくれるのではないだろうか





中村勘三郎襲名披露興行で思うコト 博多版

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「イイ芝居」「イイ男」は意外に似ている.ドキドキ

外見にも勝る内面(内容)を備えて、沢山の笑顔を与えてくれる

時々、泣かされる破目になるけれど、それも絶妙のスパイスとなって
もう、完全に相手のペースに引き込まれてしまう

終わりの時が近づいた時、「時間が止まればいい」と思うけれど
最期は笑って終焉を迎えられる
「イイ芝居」は「イイ男」と同じくらい心と体のためになるパンダ
歌舞伎の大名跡を襲名した中村勘三郎の芝居こそ、「イイ男」の演じる「イイ芝居」であると思う
顔形からいえば、市川海老蔵や尾上菊之助ら若手役者の方が綺麗であるのだけれど、
中村勘三郎は、彼等と並んでも余りあるほどの「華のある役者」である

彼を見ていると、芝居が決して、視覚にのみ訴えるものではなく、観客の持つ全ての感覚と頭に
刺激をあたえる芸術であることがわかる
中村勘三郎という名は、常に歌舞伎の歴史と共にあった名である

現在の歌舞伎が完成された江戸時代。幕府から許可を得た3つの芝居小屋の中で、最も大きく、
力を持っていた中村座

その中村座の代表こそ、この中村勘三郎であった
今も昔も、そして、この世界に誇る舞台芸術が存続する限り、中村勘三郎という名は絶えることはいであろう

この十八代目中村勘三郎もその長い歴史の中で、先代以上に
観客の記憶に残り続ける名優であると思う

京都の夜景

東京なら、パークハイアットから見える新宿ラブラブ


福岡ならオークラから見える天神クローバー


大阪なら、リッツカールトンからの御堂筋ぶーぶー



都市のホテルには、なんといっても夜景夜の街キラキラが欠かせません

ホテルのバーやラウンジには、なんだか特異な雰囲気があって

さっきまで、下ネタぎりぎりの話をしていた二人でも、そこに行くと、ウレシハズカシカクテルグラス


なんだか、緊張シラーしっちゃいます


では、古都・京都において、

ブラジル戦なみに勝てるわけないあせる勝負に勝つロケット


そんなロケーションありますか?


と聞かれたら…

ありませんあせる

って答えるしか、ないでしょうショック!


基本的に、寺社の多い街なのだから、街の灯りは少なくて、

しかもビルの高さは制限されてるものだから、

夜の街の華やかさなんてありません


昨日、オークラの最上階から望む東山のマダラな夜景を見ながら思った


京都の街は、歩かなければ楽しめないコト


早朝、灰色から薄青に変わる空の空気を吸って、托鉢の修業僧に会えるのも

白昼、老舗の軒先に並ぶ、鮮やかで上品な反物を見て廻るのも

夕方、夜の深まるにつれて、妖しく灯る赤いボンボリに惹かれながら

深夜、芸・舞妓の白い頬がほんのり紅く染まるのを愛らしく思うのも


全て、この街を歩き、この街の地を踏むことから始まる

そんな街だと、気づきましたドキドキ





襟かえ

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お気に入りだったビニールのサンダルくつ


大きな白襟のついた真っ赤な薔薇ブーケ2のワンピースも


いつの間にか、着れなくなる日はやってきてしまう


それを、人は「成長」と呼ぶのだけれど

それは単なる、外見の変化だけではなくて、人には見えないの部分も

大人に成っているのだと思う…


花街で、「女の子」として扱われる舞妓から、「女」と見なされるコトを襟かえという

文字通り、舞妓の襟から、芸妓の襟に換わるからだとも、

芸妓の正装時に、黒紋付をきて、右(?)襟を一部分反して、赤い襦袢を見せるからだとか

その言葉の理由については、諸説あるのだけれど


昔で言えば、襟かえ大人の女になる処女喪失波


なんて、図式が成り立ったけれど、現在は皆無ウサギ


未だにそんな、男のロマンと申しましょうか、儚い夢と申しましょうか

昼メロよりもや安っぽいシナリオに憧れて


「俺、舞妓と付き合ってみたい…ラブラブ」などと言う、頭の沸騰しきった御仁も存在するが

そんな人に、私は毎度とこう申し上げる


「今時、やってる人は小学生だってやってるし、やってない人は四十だっているでしょう?」


ダイイチ、仮に水揚げ(舞妓が芸妓になる時、資金を出した旦那=スポンサーと夜を共にすること)が必須で、行われてたとしたら、そんなの余裕で人身売買ロケット

  

      普通に捕まります

そこは既に当人同士の問題・プライベートな部分だし、今では、旦那が付くことだってマレなのではないかと思う



花街は、確かに夜の街。普通の高校生と比べれば、生活時間も大きく違っているだろう。

けれど、この街は、校則や補導警官が無い代わりに

伝統という強い防具で、彼女たちを守っている。


舞妓から、芸妓になるという事は、外からみれば、単にSEXを意識させる行事なのかもしれないが

当事者にとってみれば、約3~4年の間、辛い稽古と上下関係に耐えた誇り

一人前の大人としての将来への不安とが混在した、微妙な時期なのだ。



ドライブの理由

この世の大部分の事には理由があって、けれどそれは本人にさえ気が付かないことだったりするのだろう。 「ドライブ撲滅委員会」の監査役員でもある、この私。 だからもちろん ドライブ大嫌いっ子 である。 行き先も定かではない道を、ただ、ひたすら走る事に申し訳ないが魅力を感じることができない。 それが、山道だったり、人気のない、細い道だったりすると、もう、恐怖すら感じるし、 きっと、そんな思いをしながら、助手席に乗った人も多いのではにだろうか。 もう一つ、私がドライブを嫌う理由がある。 そこには「ドライブしないといけない理由」があるからだ。 例えば、別れ話などの「感情的になりやすい話」 こんなのが、ドライブ中には、しばしば行われやすい。 けれど、これって結構危ない。 二人っきりの密室。ちょっとした言葉の間違いから、人間はどんなにも豹変する場合があるのだから。 車好きで、ドライブ大好きという女の子でない限り、 「ドライブに行こうと思って…」などという、デートの誘い方は、 上等な手段ではないと思う。

ダイエット大作戦

美味しいモノを食べた後 女の子ならば誰しも感じるであろう


罪悪感波


しかも、昨日は「ドキドキドキドキ」 

ラッキーコスモス と思いながら食べちゃったけれど、一晩たつと


小さな不安雪に替わってしまった


で、本日、朝、八時、ベットからむっくり起きて決めたこと


絶 食 雷


授業と発表準備、自分の研究に追われながら、お腹のムシもどこへやらブタネコチョキ


と、思った瞬間、目前の漢文が、二重・三重…あせる


席を立つと、クラっ、クラっ…天使バタン天使


もちろん、意識ははっきりしているものの、二秒くらいは床の上


これは危ない!!と、急遽食べたのが、なぜか、おにぎりからあげおにぎり


これが良いやら悪いやらあせる

とりあえず、絶食なんてダイエット方法ができるのは

なんにもすることがない、超めんどくさがり屋セレブキラキラくらいしか無理だと結論付けました