無精子症と向き合う -32ページ目

無精子症と向き合う

2017.9 非閉塞性無精子症発覚
2017.10 クラインフェルター症候群発覚
2018.2 大阪リプロダクションクリニックにてTESE→精子凍結
2019.4 陽性判定。2019末に出産予定。

アメンバー申請…男性不妊・不妊治療中の方。ブログを書かれていない方は一言メッセージをお願い致します

 

 

9月頭に精液検査で無精子症との結果が出た日から

 

泌尿器科を受診するまで、その三週間のあいだは

 

何をしていても気付いたら泣いているという日が続いていました。

 

 

注意アイロンかける→火傷

注意ご飯作ろう→包丁で指切る

注意バスで出かけてみる→何駅も乗り過ごす

 

 

錦糸卵を作ろうとして

ハッと気付いたら目玉焼きが出来てたときは

さすがに笑えてくるレベルでした。

 

 

 

休日には、たすけとランチに行った先で

 

 

赤ちゃん連れのご夫婦が

 

二人して赤ちゃんそっちのけでタバコを吸っているのを見て

 

 

なんであんな人たちに子どもがいてうちにはいないんだろう。

 

私だったらもっと大事にするのに。

 

悔しい。

 

 

そんなことを思ってしまう自分もいて、

 

惨めだなぁ、なんて思うこともありました。

 

 

 

妊活の一環で体作りのために通い始めたジムへも

 

まったく行く気になれず、

 

 

とりあえずぼーっとしてたと思ったら

 

ハッと思い出したように無精子症について調べて

 

また泣いて、

 

たすけが帰ってくる時間に近づくと

 

しっかりしなきゃと、私が癒しになれないかと

 

慌てて気持ちを切り替える。

 

そんな繰り返しの日々。

 

 

 

 

はたから見たら結婚して一年も経っていない私たちは

 

きっとさぞかし幸せに見えていることでしょう。

 

 

 

でも急にゴールのない迷路に放り込まれてしまった。

 

 

 

 

彼は何も悪いことしてないのに

 

なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ。

 

 

そんな気持ちでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、平日、

 

お昼ごはんを食べ終わったくらいの時間帯

 

あっキョロキョロと思い出して、母に電話をかけましたiphone*

 

 

 

 

私が結婚し、家を出るとなって、母はとても寂しがりました。

 

 

 

 

たすけの転勤で、

 

初めて関東圏から離れることが決まったときも、

 

 

父の前で泣いていたという母笑い泣き

 

 

 

私は母の寂しさをできるだけ紛らわせればと、

 

頻繁に電話をかけるようにしていたのです。

 

 

 

 

 

 

今日も電話に出た母の口からは、

 

 

 

 

いつものように父の愚痴やら兄の愚痴ハートブレイク

 

最近こんなことがあったよーなどの話も聞いて

 

相槌を打っていると

 

 

 

 

 

 

『あななたち二人は、元気なの?

 

 

 

 

 

と唐突に聞かれました。

 

 

 

 

ちょっと前回の電話から期間あいちゃったかな?

といっても、一週間も経ってないけど・・・

 

 

 

 

「うん、元気だよー」と答えると、そう、と言って

 

 

母はまた父のことを愚痴り出しました。

 

(父の愚痴どんだけあるのハッ笑)

 

 

 

 

 

 

 

父も頑固だよねー、なんて返事をしてるうちに

 

 

 

 

ああ、きっとお母さん、何かあったことに気付いてる

 

私が話すの待ってるのかな

 

 

 

そう気付きました。

 

 

 

 

 

 

母は私が不妊専門クリニックに通い始めたことを知っています。

 

 

 

 

もし、私に何か見つかれば

私は彼女に母として、女性の先輩として、

もしかしたらですが、

早い段階で打ち明け、相談していたかもしれません。

 

 

 

 

けれど今の私たちの状況は違います。

 

 

 

 

 

男性不妊を親に打ち明けること・・・・・・・

 

 

 

たすけの気持ちを考えても、

 

無精子症という言葉の重みからも

 

嫁の両親という立場の複雑さからも

 

今勝手に私が言うべきではないということだけは明らかでした。

 

 

 

 

そう思っていると、ひとしきり自分の話をし終わった母が

 

少し時間を置いて、

 

 

 

 

『で、何があったの?』

 

 

 

 

と言いました。

 

 

 

 

その声が本当に優しくて

 

その瞬間もう、泣けて・・・泣けて・・・えーん

 

 

 

この数日、起きた出来事によって

 

未来に確信が持てなくなってしまった辛さと

 

それが努力して叶うものではないという空虚感。

 

 

 

 

そして何よりずっと頭の中に繰り返していた

 

親が寂しがっていることを知っている職場の先輩からの

 

 

 

「早く孫の顔見せてあげることが一番の親孝行だよ」という言葉

 

 

 

 

 

お母さん、ごめん、ごめんね。

 

 

 

 

 

 

気持ちが溢れ出して止まらなくなってしまい、

 

気付いたら母に打ち明けていました。

(たすけ、弱い嫁で本当にゴメンえーんえーんえーん

 

 

 

 

わーわー泣いて、自分でも何言ってるかわからないくらい。

 

聞き取るのは大変だったでしょうが

 

母は優しくゆっくりと聞いてくれました。

 

 

 

 

 

すると、

 

 

 

母『あのね、まず、たすけさんの苦しみって、相当なはずだよ。

 

不妊って、夫婦で苦しみを共有はできるかもしれないけど、彼には自分のせいだっていう気持ちがそこに更に加わってるんだよ。

 

あなたがメソメソしてたらたすけさんはもっと責任を感じるでしょ?あなた達はお付き合いをしてるんじゃない、家族なんだから、あなたがしっかり支えるんだよ。

 

たすけさんは出来るところまで治療したいって言ってくれてるんでしょ?あなたがそんな不安定な気持ちでいたら、いざ医療の力を借りて、人工授精だなんだって段階になったときに、今度そのストレスのせいであなたのほうに問題が出ていたらどうする?

 

いい?まずゆー子がしっかりしなさい。

 

 

 

 

うん、でもきっと、あなたのことだからわかっているとは思う。

 

 

 

 

 

 

お母さんはね、たすけさんといるゆー子が、とても幸せそうなのはよく見てきて知っているよ。子どもがいたっていなくったって、お母さんはゆー子が幸せでいてくれたらそれでいいよ。

 

(↑私またここで大号泣bell弱い女です)

 

 

あとは、いい病院とか、今ゆー子には時間があるんだから、納得いくまで調べることができるでしょう。ゆー子が今できることはないって思ってるかもしれないけど、できることはあるからね。

 

大丈夫。きっと、大丈夫だから。

今は結果が出てないから結論も出せないんだし、せっかくの新婚生活を楽しみなさい。』

 

 

 

私も年をとるにつれて、「お母さんったらしょうがないなぁ」と思うことも増えてきて、

 

電話だって「ちょっくらしてあげるかぁ」みたいな感覚だったのに

 

 

 

もう、改めて感じた母の大きさと有難さに嗚咽が止まらなくて、

 

 

うん、うん、と頷くのが精一杯でした。

 

 

 

 

電話を切ったあと、

勝手に話してしまった罪悪感が今更ながら襲ってきて

 

落ち込んでいると、母からLINEが。

 

 

 

 

 

LINE『今回のことは私は聞かなかったことにしておきます。二人が落ち着いて今後のこと冷静に判断できるようになったら、たすけさんと相談して我が家に知らせるようにしてください。たすけさん家と我が家でも立場が微妙に違う。たすけさんの立場も考えてそうしたほうがいいよ』

 

 

 

 

あーーやっぱり、お母さんはお母さんだ、

私が考えてること、何でもわかっていてくれるえーん

 

 

 

 

私もいつかそんなお母さんになれるかな?
 

 

 

なりたいな。

 

 

 

 

 

 

 

自分でしっかりしなきゃって思うより

 

母からしっかりしなさいって言われるほうが背筋が伸びました。


 

 

 

そのあと、たすけが帰るまで、一人でゆっくり考えたこと・・・・。

 

 

 

 

 

 

私は確かに赤ちゃんが欲しいです。

 

 

でも、たすけとの赤ちゃんが欲しいのです。

 

 

父親としてのたすけを見てみたかったのです。

 

 

私たちだけの、宝物が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

きっと

 

・かけがえのない人が無精子症であるということ

 

・子どもを持てない(かもしれない)こと

 

 

 

この二つは事実としてイコールであっても

心の中では別々に独立して存在していて、

 

 

彼を何としても支えると決めたあの日のように

 

片方を受け入れられたとしても、

 

 

もう片方も同じように受け入れられるとは限らない。

 

 

旦那さんを大切に思うほど強く、

 

その二つは相容れないものとして

 

 

目の前に辛く立ちはだかるのかもしれません。

 

 

 

 

 

全部一気に受け入れようと思うから、追いつかなくなる。

 

 

 

自分が受け入れがたいと思ったこと、

 

妬ましいと、許せないとすら思うこと。

 

 

 

一つずつ、少しずつ、ゆっくりでもいい

 

 

また戻ったっていい、から、受け止めていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、少しずつ心に変化が出てきて

 

 

これまで一日中泣いていたのが嘘のように

 

色々冷静に考えられるようになりました。

 

 

 

 

たすけと日々話していても、

 

彼は夫婦には子どもが必要だと思う、と言いだしたり

 

体外授精の際の女性の体にかかる負担について知ろうとしたり

 

TESEを受けたかたのブログを読んだり、

 

 

 

 

と思ったら

 

 

 

二人でこれからやっていくんだったらこうしたい

ここに行こうって話をしてきたり

 

 

(そのときやってたテレビを見た流れでのことですが、たすけは次男なので夫婦二人ならお墓を作らず散骨しようかみたいな話まで・・・笑)

 

 

 

転勤族なので子どもができたらどこかのタイミングで

単身赴任をする機会もあると思うけど、

 

二人だけならずっと一緒について行けるよねとか

(↑あ、これは私が言いました笑い泣き

 

 

 

 

 

日々、やっぱり子どもが欲しいとか

 

子どもがいなくってもとか

 

お互い気持ちにムラはあるようですが

 

 

色々今後起こりうるすべての可能性に対して

 

向き合っていこうという気持ちを

 

私だけでなく彼の中にも

 

徐々にではありますが

 

確かに感じ取れるようになりました。

 

 

 

 

本当に、夫婦って鏡なんだなと思います。

 

 

 

 


 

 

無精子症という残酷な事実を突きつけられて

 

夫婦の数だけ答えがあると思います。

 

 

色んなかたがたのブログを拝見させていただきましたが

 

考え方、特に自分の甘さの実感だったり

 

勉強になることばかりです。

 

 

 

私たちはまだ答えこそ出ていませんが

 

とりあえず無精子症という事実に対しては

 

戦うというよりも向き合うという形のほうが近いと思います。

 

 

 

10月半ばに染色体検査の結果が出ますが、

 

たすけは可能性があるのなら

 

行けるところまではやってみたい。

 

TESEに進みたいと言っています。

 

 

今まで健康優良児で生きてきて

 

病院すらあまり行ったことのない彼が

 

男性として大事な部分にメスを入れてもいいと言っている。

 

 

 

人生初めての手術で、です。

 

 

 

本当に本当にありがたいことです。

 

 

 

 

私たちの妊活がどこでどんな形で終わるかわからないことや

 

それを突きつけられたときのことを考えると

 

怖い気持ちがまったくないといえばそれは嘘になります。

 

 

 

けれど、どんな結果でも受け入れようね。

 

 

私たち夫婦は今はそんな気持ちでいます。

 

 


 

 

 

私は、初めて自分の人生をかけてこの人だと決めた人、

 

たすけとずっと歩いていきたいです。

 

それだけは、今までもこれからも変わりません。

 

 

 

お母さん、思い出させてくれてありがとうハート