こんにちは
世界が平和で
そして自由で
ありますように
「もっと頑張らなきゃ」のしんどさから
抜け出したい人のお手伝い
”ふくちゃん”こと 鈴木 又佳子(すずき ゆかこ)です
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最近は
我慢強いのがいいのかどうか
よくわかりませんが
昭和の時代は
我慢強さは
”長所”でした
昭和に育っても
昭和時代の人に育てられても
その価値観って残りやすいですよね
もうとっくに
限界を超えてるのに
もう完全に
無理なのに
ギリギリまでガマンしてしまう人も
多いのでは
まあ
ワタシも
そのひとり
「ガマンできる」
って思ってるうちは
「何とかした方がいい」って
頭のどこかで浮かんでいても
スルーしちゃう
後回しでも何とかなる気がしちゃう
ワタシね
幸か不幸か
我慢強かったんですよ
たぶん
けっこう
かなり限界まで
”自分の力でなんとかするしかない”
って思ってました
ただ
我慢強さを磨いても
あまりいいことは無いようです
あ
我慢強いことが
マイナスになるばかり
というわけじゃ
ありませんよ
我慢強さが
プラスになることも
もちろんあります
その恩恵を受けた部分も
もちろんあります
ただ
我慢を続けることで
自分自身が壊れてしまっては
元も子もない
のに
その境界はとっても
見極めにくいのが難点
この加減がうまくできれば
言うことないんですけどね
今までの自分なら
普通にできたことが
難しくなってるのなら
すでに
ちょっと要注意
これね
周りの人には
気づいてもらいにくいんです
だって
たぶん
出さないようにしてるでしょ
出さないようにしつつも
どこかで
無意識化もしれないけれど
誰かに
「気づいてほしい」
「誰か気づいて・・・」
と思ってる
客観的に見たら
矛盾してるかもしれないけれど
この矛盾にすら気づけない
これ
周りの人の立場に立ってみると
かなりの難問
ヘタに
「大丈夫?」
「しんどいんじゃない?」
って声を掛けても
素直に
「助けてほしい」って言えないからこそ
抱え込んじゃってる状況
この状況
苦しいけれど
身体や心が壊れてしまう
一種の”強制終了”まで行かないと
止められない人も多いのが残念なところ
まあ
うつ病になっても
ちょっと薬で動けるようになったら
何とかしようとしちゃってたワタシが
言うことでもないんですが・・・
強制終了になっても
それでも動き続けようとしたワタシ
ではありますが
だからこそ
思うのです
自分のいる場所の構造を変えるのは
早いほうがいい
って
時間が経てばたつほど
我慢すればするほど
それが”通常”になっていく
自分にとっても
まわりの人にとっても
そして
それを崩すことが
難しくなる
少しでも早く
自分が限界なことに気づいて
まわりにも
わかりやすいサインを
出したほうがいい
「まわりにサインを出していい」
って思うことで
自分も認識できる部分もありますしね
もちろん
「限界です!」ってサインを
出したからといって
現状が変わらないことも
ありえます
周りの人にも余裕がないと
「助けたい」って思っても
どうしようもないこともあります
ただ
「限界です!」って
表明することで
まずは
自分自身が受け止められます
うまくいけば
とりまく環境も
変わるかもしれない
まわりのことに関しては
それくらいからでも
いいのでは
(私はオンライン講座楽しみました♪)
明日もみんなにいいことありますように(◍•ᴗ•◍)✧*。