摩訶不思議な現象だ。安倍内閣の支持率が軒並みアップしている。
大臣室で現ナマを受け取ったことを認めた甘利前経済再生相が辞任した直後、先月末に行われた各社の世論調査の結果は、この国の倒錯ぶりを浮き彫りにしている。
安倍首相を支える重要閣僚の収賄スキャンダル。本人の説明で疑惑はちっとも晴れず、捜査のメスが入るのが待たれる。辞任で済む話ではないし、首相の任命責任も当然、問われる。普通なら支持率急落の場面だ。
ところが毎日新聞調査では、支持率は昨年12月の前回調査から8ポイント増の51%。共同通信は4.3ポイント増の53.7%、読売は前回(1月8~10日実施)から2ポイント増の56%だった。テレビ朝日の調査でも、支持率は前回から3.1ポイント上昇の50.4%と、1年ぶりに5割を回復した。
甘利辞任の影響が見られなかったことに、自民党の谷垣幹事長が「ホッとした」と漏らすなど、この調査結果には当の自民党議員も驚いているくらいだ。
「本来なら政権が吹っ飛んでもおかしくないスキャンダルですが、国民は政治とカネの問題にウンザリしている。独自情報もなく、週刊誌報道に乗っかって騒ぎ立てる野党にも違和感を覚えた結果でしょう」(評論家・佐高信氏)
野党の体たらくで内閣支持率が「下がらない」のだが、それにしたって「上がる」はないだろう。安倍応援団の読売新聞は高支持率について、「『決める政治』が評価されている」と解説した。
しかし、安倍内閣支持の理由は「これまでの内閣よりよい」が4割前後(読売新聞)で「決める政治」なんて出てこない。別に決断力が評価されているわけではないのに、あたかも安倍のリーダーシップが評価されているように書く。ミスリードもいいところだ。安倍の強引な手法を「決める政治」と持ち上げ、「民主党はダメだ」と散々コキ下ろし、その洗脳結果を「国民の声」のように報じる。高支持率はメディアの自作自演みたいなものだ。
■善悪の区別もつかなくなった
コラムニストの小田嶋隆氏はこう分析する。
「野党が頼りないのは確かで、他に政権を託せる党も人物も見当たらないという消極的な安倍内閣支持が多いといわれます。これが強さの秘訣かもしれない。最初の評価が高いと、何か問題が起きた時には反動で一気に評判が落ちますが、安倍政権はもともと清廉さや品格、知性を期待されていない分、ちょっとやそっとのスキャンダルはダメージにならないのです。
消極的支持は、他に有力な対抗馬が現れない限り、ひっくり返らないのかもしれません」
なるほど、好感度タレントだったベッキーは不倫騒動で袋叩きにされ、テレビから消えた。一方の悪辣政権は、閣僚のスキャンダルが次々と発覚しても、高支持率を維持してふんぞり返っている。甘利だって、本来なら大臣辞任で許される話ではないのに、あろうことか「潔い」と評価する声まである。政権サイドのストーリーにすっかり乗せられ、国民は善悪の判断もつかなくなってしまったかのようだ。
批判的なキャスターを一掃するなど、メディア掌握に成功した安倍政権は、今後ますます増長し、自分たちに都合のいいストーリーを流して国民をだまそうとするだろう。それを真に受け、漫然と高支持率を与え続ければどうなるか。消極的支持も何も、気付けば選択肢は他になくなっている。そんな可能性がある。国民が隷属するだけの独裁国家の完成である。
民主主義の手続きや人権を軽視して暴政を許す国民性
16世紀フランスの人文学者エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの名著「自発的隷従論」には、悪政がはびこると人々が自ら望んで支配されるようになる原理が書かれている。一種の思考停止に陥るのである。
ボエシは隷従を「これはどれほど異様な悪徳だろうか。臆病と呼ばれるにも値せず、ふさわしく卑しい名さえ見当たらない悪徳」と断じた。
「民衆は、隷従するやいなや、自由をあまりにも突然に、甚だしく忘却してしまう。再び目覚めて、それを取り戻すことは不可能に近い」と書いた。
今の日本社会に蔓延しているのが、この自発的隷属ではないのか。
精神科医の和田秀樹氏が言う。
「これまで安倍政権が、国民生活を良くするような政策を何かひとつでもやってきたかというと疑問です。せいぜいインチキ政策で株価を上げたくらいが実績で、株価連動内閣といわれてきたのに、年初から株価が下がっても支持率は上がった。もう一種の宗教としか言いようがない。そこに理屈はありません。日本国内の格差拡大も無関係ではないと思う。イスラム国と同じで、どんなに生活が苦しくても、自分でモノを考えず、『すべては神のおぼしめし』と教えに従っていた方が楽だというムードがあるのではないか。安倍首相は議論を避けて一方的に決めつけ、考える時間を与えない。振り込め詐欺と同じ手法です。そうやって民主党時代が暗黒だったかのように思わせる。知的レベルが高い人はそのカラクリに気付く。論理的に思考してお上の誤謬に気付く。でも、多くの国民は詐欺的手法に洗脳されてしまっている。今の日本では、マスコミを押さえれば国民の過半数を同じ意見に洗脳できる。結果、自分たちの暮らしや日本の未来が良くなるわけではないのに、国民の大多数が『それでいい』と言う。それで納得しているのであれば、仕方ありません」
平然とウソをつく安倍の国会答弁だって、一昔前なら大問題になっている。しかし、国民は鈍感だ。暴政を暴政とも思わなくなり、唯々諾々と従う国民性。前出の佐高信氏は「長年の暴力に耐えているうち、DV亭主に慣れちゃったような感覚なのかもしれない」と言ったが、恐らく、その通りなのだろう。
戦後70年間の民主主義教育がようやく花開くはずのタイミングで、なぜか時代に逆行し、「DV亭主」にすがる日本。長引く不況に疲弊した人心が、強いリーダーシップを求めるのか。この国の将来に希望を見いだせないから、刹那主義に走るのか。国民の側が独裁とリーダーシップの区別もつかず、やがて人権意識も希薄になって、民主主義の手続きをないがしろにされても怒りを感じなくなる。ついには憲法無視の暴挙を許してしまう。この過程は、世界恐慌を経て戦争へと突入していった世界史の記憶と驚くほど似ている。人類の歴史は結局、同じ過ちを繰り返すのか。
■「あの安倍ちゃん」が長期政権の悪夢
日本でも自由民権運動の盛り上がりで根付いたかに見えた人権意識は、大不況を前に消えた。大衆にとっては目先の職とカネが一大事で、閉塞状況の打破を戦争に求める。そうやって自らの人権を制限する戦争を肯定してしまう。大本営発表に高揚し、リーダーの勇ましい言葉に酔いしれている。これは一種の現実逃避ではないか。
安倍の在任期間は、すでに祖父の岸信介や池田勇人を抜いて戦後歴代5位の長期政権になっている。総裁任期の18年9月まで務めれば、在任期間は通算6年9カ月で中曽根を上回る。「大勲位」の有資格者になるのだ。さらに、このまま高支持率を維持して衆参ダブル選挙に持ち込み、圧勝すれば、総裁任期を延長する話も必ず出てくる。それで東京五輪まで務めれば、大叔父の佐藤栄作や吉田茂をも抜いて、戦後最長記録を更新する可能性もある。
「週刊ポスト」2月5日号は、安倍が新人の頃から面倒を見てきた長老政治家が漏らしたこんな嘆きを紹介していた。
「かつて大宰相と呼ばれた総理はいずれも泰然自若の風があった」「あのキレやすく、感情のコントロールが不得手の安倍ちゃんがいまや佐藤、中曽根という大宰相を抜くなんて話が出るとは……自民党も変わったもんだな」
安倍1強の現状に、実は自民党議員が驚愕し、戦慄している。党内からも「そんな器か?」と不思議に思われているトップに高支持率を与え、長期政権を望む国民の倒錯。もはや悲しいほどの喜劇というほかない。
参考URL:http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/174706
大臣室で現ナマを受け取ったことを認めた甘利前経済再生相が辞任した直後、先月末に行われた各社の世論調査の結果は、この国の倒錯ぶりを浮き彫りにしている。
安倍首相を支える重要閣僚の収賄スキャンダル。本人の説明で疑惑はちっとも晴れず、捜査のメスが入るのが待たれる。辞任で済む話ではないし、首相の任命責任も当然、問われる。普通なら支持率急落の場面だ。
ところが毎日新聞調査では、支持率は昨年12月の前回調査から8ポイント増の51%。共同通信は4.3ポイント増の53.7%、読売は前回(1月8~10日実施)から2ポイント増の56%だった。テレビ朝日の調査でも、支持率は前回から3.1ポイント上昇の50.4%と、1年ぶりに5割を回復した。
甘利辞任の影響が見られなかったことに、自民党の谷垣幹事長が「ホッとした」と漏らすなど、この調査結果には当の自民党議員も驚いているくらいだ。
「本来なら政権が吹っ飛んでもおかしくないスキャンダルですが、国民は政治とカネの問題にウンザリしている。独自情報もなく、週刊誌報道に乗っかって騒ぎ立てる野党にも違和感を覚えた結果でしょう」(評論家・佐高信氏)
野党の体たらくで内閣支持率が「下がらない」のだが、それにしたって「上がる」はないだろう。安倍応援団の読売新聞は高支持率について、「『決める政治』が評価されている」と解説した。
しかし、安倍内閣支持の理由は「これまでの内閣よりよい」が4割前後(読売新聞)で「決める政治」なんて出てこない。別に決断力が評価されているわけではないのに、あたかも安倍のリーダーシップが評価されているように書く。ミスリードもいいところだ。安倍の強引な手法を「決める政治」と持ち上げ、「民主党はダメだ」と散々コキ下ろし、その洗脳結果を「国民の声」のように報じる。高支持率はメディアの自作自演みたいなものだ。
■善悪の区別もつかなくなった
コラムニストの小田嶋隆氏はこう分析する。
「野党が頼りないのは確かで、他に政権を託せる党も人物も見当たらないという消極的な安倍内閣支持が多いといわれます。これが強さの秘訣かもしれない。最初の評価が高いと、何か問題が起きた時には反動で一気に評判が落ちますが、安倍政権はもともと清廉さや品格、知性を期待されていない分、ちょっとやそっとのスキャンダルはダメージにならないのです。
消極的支持は、他に有力な対抗馬が現れない限り、ひっくり返らないのかもしれません」
なるほど、好感度タレントだったベッキーは不倫騒動で袋叩きにされ、テレビから消えた。一方の悪辣政権は、閣僚のスキャンダルが次々と発覚しても、高支持率を維持してふんぞり返っている。甘利だって、本来なら大臣辞任で許される話ではないのに、あろうことか「潔い」と評価する声まである。政権サイドのストーリーにすっかり乗せられ、国民は善悪の判断もつかなくなってしまったかのようだ。
批判的なキャスターを一掃するなど、メディア掌握に成功した安倍政権は、今後ますます増長し、自分たちに都合のいいストーリーを流して国民をだまそうとするだろう。それを真に受け、漫然と高支持率を与え続ければどうなるか。消極的支持も何も、気付けば選択肢は他になくなっている。そんな可能性がある。国民が隷属するだけの独裁国家の完成である。
民主主義の手続きや人権を軽視して暴政を許す国民性
16世紀フランスの人文学者エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの名著「自発的隷従論」には、悪政がはびこると人々が自ら望んで支配されるようになる原理が書かれている。一種の思考停止に陥るのである。
ボエシは隷従を「これはどれほど異様な悪徳だろうか。臆病と呼ばれるにも値せず、ふさわしく卑しい名さえ見当たらない悪徳」と断じた。
「民衆は、隷従するやいなや、自由をあまりにも突然に、甚だしく忘却してしまう。再び目覚めて、それを取り戻すことは不可能に近い」と書いた。
今の日本社会に蔓延しているのが、この自発的隷属ではないのか。
精神科医の和田秀樹氏が言う。
「これまで安倍政権が、国民生活を良くするような政策を何かひとつでもやってきたかというと疑問です。せいぜいインチキ政策で株価を上げたくらいが実績で、株価連動内閣といわれてきたのに、年初から株価が下がっても支持率は上がった。もう一種の宗教としか言いようがない。そこに理屈はありません。日本国内の格差拡大も無関係ではないと思う。イスラム国と同じで、どんなに生活が苦しくても、自分でモノを考えず、『すべては神のおぼしめし』と教えに従っていた方が楽だというムードがあるのではないか。安倍首相は議論を避けて一方的に決めつけ、考える時間を与えない。振り込め詐欺と同じ手法です。そうやって民主党時代が暗黒だったかのように思わせる。知的レベルが高い人はそのカラクリに気付く。論理的に思考してお上の誤謬に気付く。でも、多くの国民は詐欺的手法に洗脳されてしまっている。今の日本では、マスコミを押さえれば国民の過半数を同じ意見に洗脳できる。結果、自分たちの暮らしや日本の未来が良くなるわけではないのに、国民の大多数が『それでいい』と言う。それで納得しているのであれば、仕方ありません」
平然とウソをつく安倍の国会答弁だって、一昔前なら大問題になっている。しかし、国民は鈍感だ。暴政を暴政とも思わなくなり、唯々諾々と従う国民性。前出の佐高信氏は「長年の暴力に耐えているうち、DV亭主に慣れちゃったような感覚なのかもしれない」と言ったが、恐らく、その通りなのだろう。
戦後70年間の民主主義教育がようやく花開くはずのタイミングで、なぜか時代に逆行し、「DV亭主」にすがる日本。長引く不況に疲弊した人心が、強いリーダーシップを求めるのか。この国の将来に希望を見いだせないから、刹那主義に走るのか。国民の側が独裁とリーダーシップの区別もつかず、やがて人権意識も希薄になって、民主主義の手続きをないがしろにされても怒りを感じなくなる。ついには憲法無視の暴挙を許してしまう。この過程は、世界恐慌を経て戦争へと突入していった世界史の記憶と驚くほど似ている。人類の歴史は結局、同じ過ちを繰り返すのか。
■「あの安倍ちゃん」が長期政権の悪夢
日本でも自由民権運動の盛り上がりで根付いたかに見えた人権意識は、大不況を前に消えた。大衆にとっては目先の職とカネが一大事で、閉塞状況の打破を戦争に求める。そうやって自らの人権を制限する戦争を肯定してしまう。大本営発表に高揚し、リーダーの勇ましい言葉に酔いしれている。これは一種の現実逃避ではないか。
安倍の在任期間は、すでに祖父の岸信介や池田勇人を抜いて戦後歴代5位の長期政権になっている。総裁任期の18年9月まで務めれば、在任期間は通算6年9カ月で中曽根を上回る。「大勲位」の有資格者になるのだ。さらに、このまま高支持率を維持して衆参ダブル選挙に持ち込み、圧勝すれば、総裁任期を延長する話も必ず出てくる。それで東京五輪まで務めれば、大叔父の佐藤栄作や吉田茂をも抜いて、戦後最長記録を更新する可能性もある。
「週刊ポスト」2月5日号は、安倍が新人の頃から面倒を見てきた長老政治家が漏らしたこんな嘆きを紹介していた。
「かつて大宰相と呼ばれた総理はいずれも泰然自若の風があった」「あのキレやすく、感情のコントロールが不得手の安倍ちゃんがいまや佐藤、中曽根という大宰相を抜くなんて話が出るとは……自民党も変わったもんだな」
安倍1強の現状に、実は自民党議員が驚愕し、戦慄している。党内からも「そんな器か?」と不思議に思われているトップに高支持率を与え、長期政権を望む国民の倒錯。もはや悲しいほどの喜劇というほかない。
参考URL:http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/174706