私のひねくれた性格は




有名なおとぎ話のヒロインの性格までも疑ってしまうほどである。




私が愛してやまない漫画“NANA”に出てくる主人公のセリフの中に







「シンデレラのガラスの靴は、ピッタリなのになんで途中で脱げたんだろうね。




王子様の気を引く為にわざとやったとしか思えないんだけど」







というのがある。私はそれを読んだとき、なんだか妙に納得してしまった。




恋愛に多少の駆け引きは必要であるから




もし本当にシンデレラがそういった目的で片方だけ靴を階段に残し立ち去ったのだとしたら




私的にその手段は結構嫌いではない。




むしろ私でも同じように何らかの痕跡を残すだろう…笑







ここで私が言いたいのはそんな恋愛テクニックなどではなくw




世間一般的にはシンデレラを読む人たちはシンデレラに対して




そんな風に悪あがき的なことを考える性格の持ち主かもしれないという視点で




この物語を読んだりはしないだろうと思っていたのに、それを矢沢あい先生(NANAの作者)が




さらっと主人公のセリフとして適用させているところに感動した、ということだ。



もちろん、何の問題もなく素直に物語りにのめり込めるときだってたくさんある。




しかしふと稀に、天邪鬼的な思考が私の中から現れるときがあるのだ…汗










NANAにはこんな風に、私の日常感じる気持ちを代弁してくれるセリフが多く出てくる。




↑上のセリフには続きがあり、







「何をやっても空回りの一人芝居で、幸せになりそこね続けた女のひがみかな。」







と続いている。




しかしこの主人公はハタから見れば非常に充実した人生を送っているようにも見えるし




きっともっと不幸せな人はたくさんいる。




つまり幸せのものさしは常に自分の中にあり、自分でその基準を決めているんだと私は思った。







運命というものを、半分信じて半分疑っている私は




シンデレラがもし靴を置いていかずに




脱げてしまった後もきちんと自分で履きなおして帰ってしまっていたら




この物語の結末は一体どうなっていたんだろうなどと、




どうでもいい妄想を膨らませる。




それでも二人は目に見えない何かによって引き寄せられ




ハッピーエンドを迎えるのかな。




それともまた継母にいじめられる日々を過ごすことになるのかな



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