タンソニアット空港に降り立った時は激しいスコールでした。全然進まないイミグレーションでイライラし、混載バスに同乗する他の乗客を待っている間、スコールは屋根の半分壊れかけた空港に容赦なく降り注ぎ、中には待つスペースがないため、立ったまま泥の混ざった水滴の跳ね返りを受けなければならず、この時、二度とベトナムの地を踏むことはないだろう、こんな所は絶対にもう来ないと強く思ったものでした。(これは数年前のお話です)
そしてようやく街中に辿り着いてみれば、メディアでおしゃれな雑貨のあるドンコイ通りとあったのは、ほんの一端だけで、街のそこここにいまだベトナム戦争の名残が色濃く残っていました。片足をもがれた物乞いや粗末な身なりの人々が雑踏にたくさん見受けられました。日本のメディアはいったい何を伝えているのだろうと思いました。
が、せっかくの夏の家族旅行、楽しまなければと気持ちを奮い立たせ、翌日、一軒のブティックに入りました。
ベトナムに行ったら、絶対実現したいと思っていたのが、民族衣装のアオザイをオーダーメードして、人力車風のシクロに乗って記念写真撮影ということでした。私もメディアに踊らされていたことは否めません。ドンコイ通りには何軒もアオザイの店が軒を連ねていましたが、何度目かの店で足をとめたのは、店員の女の子が日本語が達者だったからか、値段が良心的だったからなのか、はっきりした理由はわかりませんが、その店に決めたことで私の中のベトナムへの思いは180度転換したのです。
このあとドタバタ騒動がたくさん続きます。
続きは次回アップしま~す
読んで下さいネ