私は池袋が大嫌いだ。街はとにかく汚いし、駅の中はダンジョンだし、駅チカにドンキが2つもあるし、立教生はうるさいし、ロマンス通りにロマンスはないし、いけふくろうは可愛くないし、なにより変な人が多い。池袋で出会った人間はみんな変な奴だった。
半ば強制的に連れて行かれた、立教の新歓の帰り道。ラグビー部だかアメフト部だかは忘れたが、とにかく図体のデカい男から「連絡先交換しよ!あと、これタクシー代に使って」とドヤ顔で渡されたのはなんと千円札1枚だった。カッコ付けたい年頃なのは分かるが、カッコが付くには枚数が足りなすぎる。
高校生の頃に付き合っていた元彼(24)も池袋に住んでいた。そいつは元モーニング娘。の道重さゆみの大ファンで、"道重一筋"と書かれたTシャツを普段から堂々と着ていた。
「私と付き合ってる時点で"道重一筋"ではなくない?」という私の問いかけに対して、「確かにそうだね。さゆみにもユウカにもなんか悪いわ・・・」と意味不明な供述をしていたが、一番悪いのはこいつの頭だってことだけは理解できた。
この二つのエピソードだけでも、池袋が香ばしい変人たちの住処だということは充分お分かりいただけただろう。
しかし、池袋において住処がある奴なんてのはまだ初級の変人。レベル的には新宿の中級変人と差違いない。池袋では道に転がっているジジイ、通称"ストリートジジイ"が最もヤバイのだ。
その日、普段はパチンコなんてやらないクセに、道重一筋はパチンコAKBの演出を見るためだけにパチンコ屋に行っていた。(さっそく"道重一筋"というあだ名が不適切に思えてきたが、そこは気にしないでほしい)
一方、私は道重一筋との待ち合わせ時刻まで、カフェに入るか買い物をするか迷いながら、池袋駅前をフラフラと歩いていた。
すると突然、一人のストリートジジイに声をかけられた。
「おい、姉ちゃん〜」
「はい」
「アンタ財布持ってる?」
ストジイは初っ端から全く意図の読めない質問を投げかけてきたが、そんなことよりも先に私の目に飛び込んできたコイツの情報は「歯1本もねーじゃん」だった。
「お財布持ってるよ」
「見せてみなよ」
「なんで?」
「俺の財布と交換しようよ」
「・・・」
「うん!いいよ!」と言う人が今までいたのだろうか。くたびれた六角精児から全ての歯を奪ったような顔しやがって。
「嫌か?」
「うん、絶対ヤダ」
「分かったよ。まあいいよ」
「まあいいよ」だと?なぜコイツはこんなにも偉そうな態度を取れるのか。あまりに偉そうな態度を取られすぎて、もはや偉い人に見えてきたじゃないか。失う歯がない人間は強いな。
「まあいいんだけどよ、アンタ今財布にいくら入ってる?」
「2万ないぐらいだと思うよ」
「ハーッハッハ!まだまだだな!」
私の所持金を聞いたストジイは嬉しそうに笑いながら、ボロッボロのカバンからドデカい巾着を取り出した。
「ほれ!見てみろ!」
恐る恐る中を覗くと、そこには溢れんばかりの500円玉が入っていた。
「さっき交換しておけば、あんた今日大儲けできたのにな〜!」
「・・・」
ストジイは完全に勝ち誇った顔をしていた。日々、こうして池袋の路上で憂さ晴らしをしているのだろうか。なんでもいいが「その500円玉で歯を買えよ」と言いたくて仕方がなかった。
「いやぁ〜、それにしてもアンタいい子だな。娘を思い出すよ。うん、娘みたいだ・・・」
年配の方から「娘を思い出す」「娘みたいだ」と言われて、悪い気しかしなかったのはこれが初めてだった。
ストジイの娘には悪いけど、さすがに不名誉すぎるんだわ。