荒土手にひときわ映ゆる花萱草
( あらどてに ひときわはゆる はなかんぞう )
近辺の疏水沿いの土手は、様々な夏草が生い茂っているが、その中に時々橙(だいだい)色の花を咲かせている野草を見かける。名前は、「藪萱草(やぶかんぞう)」というが、緑一色の土手にあって、この橙色は、非常に際立って見える。
本日の掲句は、その様子をそのまま詠んだもの。尚、「藪萱草」「野萱草(のかんぞう)」「浜萱草(はまかんぞう)」などを総称して「萱草(かんぞう)」「花萱草(はなかんぞう)」といい、夏の季語になる。
*藪萱草
ところで、この草花には「忘れ草(わすれぐさ)」という異名がある。
「勿忘草(わすれなぐさ)」という名前は聞いたことがあるが、「忘れ草」なんて聞いたことがないという人もいると思うが、万葉集の時代以後多くの和歌にも詠まれている。
*藪萱草
例えば以下のような和歌がある。
忘れ草わが紐に付く香具山の
古りにし里を忘れむがため (大伴旅人 奈良時代)
かた時も見てなぐさまむ昔より
憂へ忘るる草といふなり (藤原兼輔 平安時代)
*藪萱草
当初は、身につければ恋しさを忘れさせてくれる草として歌に詠まれていたが、その後、花を見たりするだけで「憂いを忘れさせてくれる」という意味合いに変わっていった。
*藪萱草
それでは、何故「忘れ草」といわれるようになったかというと、中国で、春先にこの草の若芽を食べると「憂いが晴れる」と言われ、「忘草」「忘憂草」と呼ばれていたことに由来するそうだ。
*藪萱草
因みに、「藪萱草」「忘れ草」に関しては、過去に以下の句を詠んでいる。
【関連句】
① 茫然と濁流見れば花萱草
*原句一部修正
② 断捨離で忘れ難きを忘れ草
③ 贈るなら勿忘草か忘れ草
*勿忘草 (わすれなぐさ)
*一重咲きの「野萱草」
①は、大雨の後、黄土色の濁流が勢いよく流れている川辺に、鮮やかな橙色に「藪萱草」が咲いていたのを見て詠んだ句。
②は、「忘れ草」の「忘れ」を「断捨離」にかけて詠んだもの。
*断捨離(だんしゃり):ヨーガの考え方にもある、「断行(だんぎょう)」、「捨行(しゃぎょう)」、「離行(ぎょう)」を応用したもの。
③は、「忘れ草」とは対照的に、「勿忘草(わすれなぐさ)」という草花があるが、親しい人(恋人、知人など)と別れる時、どの花を贈るだろうかと疑問に思い詠んだ句。
*勿忘草(わすれなぐさ)
「藪萱草」は、ユリ科ワスレグサ属の多年草。花期は7月~8月。 花は橙色で八重咲きの一日花。一方、一重咲きの「野萱草」の花期は6月~8月で、「藪萱草」より早く咲く。
名前は、葉がカヤ(萓)に似ていることに由来する漢名「萓草」を音読みしたもので、「藪」は「野」よりも人家の近くにある事を表しているとのこと。
*野萱草
「萱草」「忘れ草」を詠んだ句は多く、これまで本ブログでも20句以上紹介してきたが、以下にはそれ以外のものを選んで掲載した。
*「忘れ草」は「れ」をいれずに「忘草」と記されることが多い。
【萱草、忘(れ)草の参考句】
萱草の雨となりけり避暑の宿 /軽部烏帽子
萱草の花にかくれて浅間噴く /長谷川かな女
ひとつ萎えひとつは咲きて野萱草 /榎田きよ子
花萱草どこも崖なす海女のみち /和泉好
朽舟の沖は遠き日忘草 /三木綾子
*野萱草