名を知りて見ゆる地獄の釜の蓋
( なをしりて みゆる じごくの かまのふた )


よく言われることだが、人は興味のあるものはよく見えるが、そうでないものは全く無視することがよくある。だから同じ場面を見ていても、見えているものは人それぞれで、極端に言えば別の世界を見ていると言ってもよい。


 

今日取り上げる「地獄の釜の蓋(じごくのかまのふた)」も、これが植物の名前であり、一度でも実物を見たことがあれば、ところどころで見つけることができるだろう。しかし、興味のない人には、同じ場所を見ていても全く気付かない。かく言う自分も、数年前まではそうだった。


 

本日の掲句は、最近になって様々な場所で「地獄の釜の蓋」に出会うことになり、上記のことを思いつつ詠んだ句である。尚、「地獄の釜の蓋」の正式な和名は「きらん草(金瘡小草)」といい、春の季語になっている。


 

因みに、昨年は以下の句を詠んでいる。

春の野に地獄の釜の蓋の咲く

何の変哲もない写生句だが、7都道府県を対象に「緊急事態宣言」が発令され時であり、その状況を多少とも意識して詠んだ。


 

それにしても、「地獄の釜の蓋」とは何とも悍(おぞ)ましい。何故、こういう名前が付けられたかというと、以下のような説がある。


①根生葉が地面に張り付くように放射状に広がる様を地獄の釜の蓋に見立てた。(墓地などで生えていることが多い。」)
②様々な病気を治す薬草なので「これで地獄に落ちないで済む」「病気を治して地獄の釜に蓋をする」という意味合いで付けられた。


 

昔は、野草を「薬草」として利用することが多かったので、まずは②の意味合いが先にあり、その生え方が①のようだったので、多分①と②が合わさって命名されたのではないかと思う。


 

「地獄の釜の蓋」こと「きらん草」は、シソ科キランソウ属の多年草。原産地は日本、朝鮮半島、中国。日本の本州・四国・九州に分布。茎は直立せず四方に分枝して、草全体がロゼット状に地表に這って円盤状の形になる。
*近縁種に「西洋十二単(せいようじゅうにひとえ)」=「アシュガ」があるが。こちらは「十二単」の園芸品種で、茎が立ち上がって幾重にも花が重なって咲く。

*西洋十二単(アシュガ)


 

花期は3月~5月。茎の先端近くの葉の付け根に濃紫色の小花を数個つける。花径5~10mmの唇形花で、下唇は平らに大きく発達して3裂している。上唇の花弁は2裂。

「きらん草」の由来は、「き」は紫色の古語で、「らん」は藍色を意味し、花色の紫藍色に由来するという説などがある。漢名は「金瘡小草」というが、「金瘡」が刀傷のことで、葉を潰して傷に塗ると、切り傷や腫れ物に効用があることから付けられたとのこと。


 

「地獄の釜の蓋」「きらん草」を詠んだ句は、ほとんどないと思っていたが、ネットでいくつか見つかったので参考まで掲載する。(前回掲載したものを除く。)


【地獄の釜の蓋等の参考句】
人待ちの色の地獄の釜の蓋 (後藤比奈夫)
また踏んでをりぢごくのかまのふた (石田郷子)
強霜のありあり地獄の釜の蓋 (高澤良一)
きらん草オルガン洩るる礼拝堂 (大塚敏子)
きらん草地を這ひははの国までも (野口翆千)