一花だに零さぬ万朶の桜かな
 ( いっかだに こぼさぬ ばんだの さくらかな )
 
近辺の桜並木の桜=染井吉野(そめいよしの)も遂に満開になった。本日の掲句は、その様子を詠んだ句である。「桜」はいうまでもなく春の季語。
*だに:さえ、すら。 *万朶(ばんだ):多くの花の枝、まだは多くの花。

実は、この句を詠むにあたって、高浜虚子の以下の句を意識した。

咲き満ちてこぼるる花もなかりけり 

この句を最初に読んだ時、少し違和感を覚えた。満開になっているのに、こぼれ散る花がないなんておかしいのではないかと。
 
イメージ 1
 
しかし、注意深く観察すると、桜は花全体が咲ききるまで花を散らさない。特に今年は生憎の雨にも耐えながら、ほとんど花を散らさなかった。

ただ、咲き切って満開になると、暫くして一気に散り始める。まるで、風船が膨らみ限界点に達した時に破裂するように。

そう考えてみると、虚子の句は、桜が絶頂に達した、散る前の刹那を捉えて詠みあげたものであると言える。そして、それは、現場に居合わせ、しっかりとその景を捉えてこそ詠める写生句の真骨頂だとも言える。

掲句は、そんな句を念頭に置いて詠んだ句だがやや説明調。一方、虚子の句は措辞に全く無駄がなく、それが名句たる所以なのかもしれない。
 
イメージ 2

桜に関しては、過去にも数十句詠んでいるが、以下には桜の咲き初めから、満開に向かう景を詠んだものを選んで掲載した。

【関連句】
① 待ち焦がれ咲けば気の急く桜かな  
*急く(せく)
② 日の本は桜さくさく桜さく
③ 見上げ見る笑顔嬉しき花の道
 
イメージ 3

①は、待ちに待った本格的な桜の季節を迎え、何か落ち着かない心境を詠んだ句である。気が急く(せく)とは、心が落ち着かないこと。
②は、日本中を覆い尽くすように咲く桜を見て詠んだ句。日本人の多くは、桜が咲くと本格的な春が訪れたと感じると同時に、日本あるいは日本人を強く意識する。
③は、観光客が桜を眺めたり写真を撮ったりしているのを見て詠んだ句。桜はもちろんのこと、桜を笑顔で見ている人を見るのも、また楽しい。
 
イメージ 4

「桜」を詠んだ句は数えきれないほどあるが、今回は特に、桜の咲き初めから満開に向かう頃に詠んだと思われるものをいくつか選定し掲載する。

【桜の参考句】
咲き満ちて濃淡のある桜かな  (阿部みどり女)
山の鳥来てさわぎゐる桜かな  (山口青邨)
大仏殿いでて桜にあたたまる  (西東三鬼)
桜さくら各駅停車して桜     (津田清子)
青空に亀裂なかりし桜かな   (大木あまり)
 
イメージ 5

イメージ 6