🌿🐅…自己紹介…🦛🌱
健康に産まれたけど…
生後4ヶ月の頃に突然、指定難病になり
障害を持つことになりました。
その頃のお話☞闘病記
💀… 病名 …💀
•aHUS(エーエイチユーエス)
非典型溶血性尿毒症症候群(和名)
その他に
左脳出血•脳萎縮•胆石
•好中球減少症•右半身麻痺•失語症
を患っています。
治療の為に2ヶ月間鎮静剤で眠らせたので
発達の遅れや脳機能障害が残りました🧠
✏️… 知能評価 …🗒
月齢7~12ヶ月程度
発言なし指差しなし。要求は「ば!」の一言。
「お願い」のジェスチャーを覚えました。
🛝… 運動評価 …⚾️
月齢7~12ヶ月程度
掴まり立ち。移動手段は左手を使ったズリバイ。
最近、手繋ぎ歩きを出来るようになりました!
🍖… 摂食 …🍔
経管栄養卒業してペースト〜刻み食の混合。
スプーン練習中🍴
好物は、ハンバーグ、チーズ、しゃぶしゃぶ🍲
お久しぶりです。
昨日、私のおばあちゃんが亡くなりました。
私が生まれた時から実家を出るまで
一緒に住んでいた母方のおばあちゃんです。
92歳でした。
大往生!
と言いたい所ですがどうなんでしょうね。
少しお話お付き合いください🙇♀️
ゆいとを妊娠する前の
8年ちょっと前頃から認知が始まり
あっという間に進んで
ゆいとがお腹にいた7年前には
ホームに入りました。
その時すでに私の事は
わからない方が多かったです。
ホームへ入居する日は
不穏になり騒いでしまって
契約の話し合いが待てなかったので
お腹の大きな私がおばあちゃんの車椅子を押して
お散歩した事を覚えています。
ホームの玄関にツバメの巣があって
「あそこにツバメいるよ!」
と教えたけど見る事もなく騒いでいました。
昔のおばあちゃんだったら
本当だねと言って一緒に眺めてくれたのにな。
その後のホームでの生活は
自宅にいた時よりもよくご飯も食べるようになり
『介護のプロはすごいんだな。』
と思ったことを覚えています。
ゆいとが生まれ病気になる直前に
一度だけ一緒にホームに面会に行けたのですが
すでに
「誰が何を抱いているのか」
もう全く理解できませんでした。
なんだけど…
「テーブルの角に赤ちゃんの頭がぶつかりそうだ」
と過保護な心配をしてくれて
元気な頃のおばあちゃんの面影を感じました。
(こういう性格のおばあちゃんでした。)
その後すぐにゆいとが病気になり
入院中の1年間は忙しくて面会にも行けず
ゆいとが退院できたと同時にコロナ禍に突入。
ホームも完全面会不可。
どんどん進むおばあちゃんの認知は
介護士さんのお世話を
嫌がるまでになっていました。
ご飯の意味もわからなくてスプーンをかじり
おばあちゃん自慢の歯は折れ。
大好きだった歯磨きも
嫌嫌嫌!!で満足に行えず虫歯だらけ。
家族の事もわからない。
精神的にもいつも不安定で
ずっと恐怖に怯えた不満の顔つきでした。
途中からはもう寝たきりになって
酷い痙縮で身体はかたまり
喋ることもなくなり
ただ、唸るだけ。
そんな状態が何年も続いていました。
なんて辛そうなんだろう。
もはや、おばあちゃんではなくなっている。
右も左も、介護士さんが誰なのかも
なんなのかも理解できず
囲まれて理解できない処置を受けて
騒いで暴れて怪我して。
ただ
地球の上で心臓が動いていただけの数年間。
こんなに苦しんで
おばあちゃんは生きてる意味があるのだろうか?
と、毎日のように考え続けた数年間でした。
生きる意味とはなんなんだろうね。
そんな状態でも
胃瘻の造設をしようかなんて言い出す私の母。
鬼だと思ったね…。
なので
おばあちゃんの訃報を聞いて
正直、なんだかホッとしました。
本当によく頑張ったね、おばあちゃん。
今までありがとう。
元気なおばあちゃんをずっと忘れない☺️
いつかあの世でまた会いましょう。
待っててね!







