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4月5日(日)午後
ブルーが旅立ちました
朝、エナジーちゅーるを食べてお水を少し飲んで。
自力でフラフラと ご飯のお皿のとこまで行って数粒食べれるようになったので喜んでいたのに。
みんなと長座布団で猫団子したまま旅立った
人間嫌いのブルー
私にナデナデされて、お水を飲まされるのがいやだったかなぁ?
ふわふわのサラサラの真っ白な体。
綺麗な青い目。
地震と津波を乗り越えて、
冬のマイナスの寒さにも耐え
過酷だったよね。

ブルー
推定10歳

猫エイズ発症
痩せ始めて、ご飯が食べられなくなってきて
あっという間に動けなくなり1週間
ブルーは能登猫
保護した時は推定8歳
キバもなくて過酷なお外の生活で地震と津波を生き抜いた
野良が長かったからあたりまえだけど人間のことは恐怖でしかない
そうしないと生きて来れなかったんだろな
うちに来てからも なかなか慣れてはくれなかった
皮肉なもので動けなくなってから触らせてもらってる
それでもフラフラと自力で水を飲みたがり
トイレも前足だけしか踏み入れることができないけどチッコできた
ぬるま湯を先っちょが柔らかい管の注射器であげてみるけどイヤイヤってそっぽ向く
エナジーちゅーるは朝と夜に1本食べるかどうかって感じで
いついってもおかしくないと言われてから1週間頑張っている
仕事も5時頃には帰れるようにしてもらってる
お別れが近い
何匹も見送ってきたけどやっぱりつらい
世界中の猫ちゃんが幸せでありますように


母の命日。
下の子が12月に生まれ、やっと落ち着いた頃。
前日に上の子もつれて実家に遊びに来ていた。
上の子とお風呂に入るのが少しだるい感じだった。
ちょうど日曜だったと思う。
家でごろごろしてた時に電話が鳴る
何故か子供二人とも自分で連れていかなければ!とあたふたと準備。
旦那がいたのに何もしないでテレビ見て、
「ダメやったら(亡くなったら)電話して〜」って言ったこと一生忘れねーぞ
バタバタとお通夜とお葬式。
お葬式が終わった日の夜、上の子が痙攣起こして救急で点滴うけた。
そのとき「旦那が俺の飯は?実家に帰ろうかなぁ」と言ったこと一生忘れねーぞ。
この辺りから、苦楽を共にするのは絶対コイツじゃねえ!とハッキリとわかったと思う。
あれから23年。
やっと子供ら2人は無事に独立。
母が亡くなったのは58歳だった。
私ももうすぐ追いつくよ。
私はまだまだ長生きしなければ!
にゃんこ達がいるし!
ニャンニャンニャンの日を忘れるほど毎日忙しくて仕事とにゃんこのお世話で必死。
あちらでしっかりと見守ってくれ!














