今日、2度目の更新だ。
固有名詞を使えないので、うまく伝わらないかもしれないが、
少し気になることがあったので、
書き留めておく。
部活みたいな集団を想像してほしいんだけど、
季節柄、追い出しコンパ(追いコン)をしようという話になった。
僕の所属する集団では、ほぼ毎年開催している。
だけど、毎年、
「追いコンなんてするの?」
みたいな声が聞こえてくる。
なんていうのか、毎日一緒にいる先輩がいなくなるという状況に対して、
ちょっと、無関心すぎないか?
数年後、この集団を自分も出て行く立場になるんだぞ。
何が面白くないのかというと、
「やらなければいけないのなら、やります。」
という態度だ。
「そうですね、やってあげたいですね!」
という反応を期待して、毎年、提案しているが、
今年も去年も、非常に反応が薄くてとても残念だ。
特に、お願いしてまで開催するような会ではないと思いつつも、
やはり、去って行く人に、餞(はなむけ)したいと思うので、
僕から「お願い」してしまう。
今回の追いコンのことだけではない。
目上の人に対する態度、言葉使いも気になる。
いつも相手に気に入られるようにしろ、と
言っているのではない。
少しはポリシーを持って欲しいと思う。
自分がどうしたいのか、どのように考えるのか、
というのは非常に大事だし、是非行なって欲しい。
だが、自分と同時に、
他者がどのように考えるのか、どうしたいのか、
というのも考えて欲しい。
はっきりと数字を挙げて示せないが、
他人に思いやりを持てない人は、
他人にも思いやりの目でみられていないことが多いように思う。
個人主義というか、思いやりを知らない人が増えて、
思いやれなくなっているのだとしたら、
今後の社会の展望が暗いように思える。
とても、個人主義で悲しい人たちに対してこそ、
こちらは、思いやりを示して
教えていかないといけないのだな。
人の立場に立って考える事、
相手の思いを推し量る事、
自分の考えを伝える事、
相手の考えを聞く事、
自分と同じように相手を大事にしてあげる事、
知っている人は、周りに、知らない人がいたら、
教えてあげないといけないんだ。
「そのうち、わかるかな」と放置していてはいけないんだろうな。
と、思っても,具体的な提言ができるわけではないが、
少なくとも、僕自身は、
上記のことを、知らないという人に会っても、
怒らず、
責めず、
淡々と、知っていることは教えてあげるという気持ちでいよう。