アイテム3 お香
数年前、母の職場から、母の様子がおかしくなったと連絡が入った。
母は自分の仕事に誇りを持っていたし、会社の推薦を受けて受験した試験にも合格していた。働きぶりや仕事の丁寧さと美しさ、早さが評判となりクライアントから指名されることもあったようだ。
そんな中、突然ロッカールームで訳のわからない事を話し続けるようになったそうだ。職場の人が話しかけても止まらなかったそうだ。
仕事を休み、大急ぎで実家へ向かった。
働き過ぎていたのかもしれない。
心の病気になってしまったのだろうか。
そう思った。
母に会うと、普通に会話はできる。おかしい様子はない。いつもの様子と変わらない。少し安心した。
「どうしたの?」
「職場の人から電話をもらったんだけど。大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
一晩一緒に過ごしたが、おかしな様子は見られなかった。
結局、母は、仕事を辞めた。
それから数ヶ月が経ち、母と話していた時のこと。当時のことを話してくれた。
「あのまま働いていたら命を取られていたかもしれない。亡くなった父さん(母の父親)が迎えに来ていた。このまま働いていたら命をとられてしまうから帰れと言われた。あの時は、色んな物が見えていた。色んな声が聞こえていた。意識はあるんだよ。全部、覚えている。どこにいるかも、誰がいるかも。自分は普通だったんだよ。
動かされてたんだよ。色んなところに行かせられた。どこに行っているかはわかってるんだよ。でも、どうにもできないの。
一緒に居ても、あなた達には、お母さんに聞こえてる声は聞こえなかったでしょ?」
「全く聞こえなかったよ。」
「戻されたんだ。見させられたの。家を守る為に。自分の一生をみさせられたんだよ。すごい体験だった。本当に色んな人が、次から次へと出て来たんだよ。普段、見えない物が、全部見えた。見させられたんだ。あの日、あなたに教えたこともあるでしょ。」
「そうだね。それって全部本当のこと?」
「教えたことは本当のこと。でも、違うこともあるみたいだな。だけど、あなたは気にし過ぎないようにしなさい。あまり、そのことを考えないで過ごしない。」
「わかった。」
「あなたに教えられるのはここまで。後は、話すことは出来ない。話さない約束だからね。」
全てを話すことは許されないようだ。
今は、その時に聞こえた声も聞こえないし、見えたものも見えないそうだ。
母が教えてくれたことはまだある。
「窓を開けて、お香を焚きなさい。可愛らしい音の鈴や鐘を家で鳴らしなさい。オルゴールでも良い。悪い物が出ていくから。」
その日以来、窓を開け、毎朝欠かさず、お香を焚いている。
当時は、毎朝、オルゴールも鳴らしていたが、ある日、突然壊れてしまった。
今は、時折、音叉を鳴らしている。
この世には、自分の意思ではどうにもならないことがあることを知った。
そして、お香、鈴、鐘には、魔を祓う力があることを知った。
