10年前。当時月刊少年マガジンで「てんまんアラカルト」という作品を描いていた。
デビューしたばかりで実力がなく、真っ白なネームを前に何も描けなかった。愛媛にいてもどうしようもない為、急きょ東京に飛んで何日か箱詰めで描くことに。
講談社の中にある「ネーム室」と呼ばれる漫画家さんが自由に使っていいブースがあり、僕はそこで1日うなっていた。
東京に来てもなお、何も描けなかった。
退勤していく編集さんや、一区切り終えて帰っていく漫画家さんたち。日中はそれなりに賑やかな空間だけれども、どんどん静かになっていく。
22時ごろになった。完全に静かになった。
その間もなにも描けてない。溜まりかねて仮眠室に行くことに。席を立ったとき、周りを見るとブースには僕以外にまだ男女数名がいた。
そのうちすぐ後ろの青年が一心不乱に描いてる姿をチラッと見た。
何もできてない罪悪感のなか2時間寝た。
ブースに戻ったとき、すでにガランとしていて、そこにはさっきの青年ひとりの姿しかなかった。
彼は2時間前と全く同じ姿勢で作業をしていた。
僕も机に戻ったが、すぐ後ろの彼とは違い、描けるものが何もないのでペンを動かせない。
何時間かねばったけれども、ひとつの絵も描けない。何もしてないまま追い詰められていく。本当に辛かった。辛かったから、もう一回寝ることにした。
寝たってどうしようもないのに寝ることにした。現実逃避でしかない。でも寝るしかない。だって寝たいのだから。
仮眠室でふて寝に近い形で意識を失った。
そして重い足で動きだす。
既に窓が照っていて、明け方に変わっていた。
ブースに戻った。
日が差すなか、僕の後ろの青年は、まだいた。
全く手を止めずに。
僕が最初に彼を見てから、本当に、寸分も姿勢が変わってなかった。
動いてるのは手だけで、他はずっと自分の紡ぐ世界に没頭していた。周りが明るかろうが暗かろうが、人がしゃべろうが静かだろうが関係なかった。彼は自分の物語の中にいたので、ここにいなかった。
僕が気づく前から彼はいたと思うから、もう10時間以上そうだったと思う。
ネーム室に通って今まで、ここまでの人間をちょっと見たことがなかった。
頭が痺れるような光景だった。
僕は、彼の描いている絵を見た。
それは「進撃の巨人」だった。
デビューしてそのとき既に、多くの人たちに注目されていた、諫山先生だった。
注目されていてもなお、誰よりも努力していた。
僕はそれを見て、立派な人間でなければ立派な漫画は描けないのだと感じた。
そして、このままでは自分は駄目だと思った。
諫山先生は一度も振り向かなかったので、今に至るまで僕は顔を見たことがない。
諫山先生。たった一度の背中でしたが、学ばせていただきました。
ありがとうございました。
本当にお疲れ様でした。
当時のネーム室の様子を1枚くらい撮ってるかなと思ったが、なかった。ので、ネーム室から撮った東京の景色だけ載せときます。
我ながら素晴らしい画質。良いガラケーを持っていたものだ。