文字にすると一瞬なんですが、本当はもっともっとたくさん話しました。

 

 

夢がまたひとつ叶った瞬間でした。

 

 

GIANT KILLINGは、ツジトモ先生は何もかも新しかった。

 

 

GIANT KILLINGがなければ、アオアシは今のような作品になってません。

 

 

本人にそれをようやく伝えられたので満足しています。感謝とともに。良かった。

 

 

ひとつだけ。記事では伝わりにくいかもな?という箇所があったので補足させてください。

 

 

「GIANT KILLINGがテレビカメラで描いてる」というところ。記事を読んだ方にはひょっとしたら「カメラワーク」のことだけを言ってるように取られてしまうかもな…と思いました。

 

 

カメラワークもその一つではあるんですが、GIANT KILLINGは、もっと大きな意味で「テレビでサッカーを観ている人を体現している」。エンターテイメントとしてのサッカーを描いているって。これが言いたかったんですね。

 

 

たとえば擬音です。

 

 

普通、ゴールにボールが突き刺さった瞬間、音なんか鳴らないじゃないですか。

 

 

漫画にするとしたらせいぜい「ドン」ぐらいじゃないでしょうか。あと「パサッ」とか。パサッはリアルですね。

 

 

でもツジトモ先生は「ドゴラッシャアア」とか平気で描く。絶対そんな音鳴らないのに。

 

 

でもテレビで観てる僕らの心の中では確かに鳴ってるんですよ。スタジアムで観る人にもそう。待望のゴールが生まれた瞬間の爽快感は間違いなくすごい音が鳴ってるんです。

 

 

そんなふうに。視覚的にまつわるありとあらゆる手段で、何億人が観ている、僕らが慣れ親しむ「あのサッカーの形」を漫画に描いた。

 

 

初めて読んだとき「これをしていいんだ!」と思いました。

 

 

この日、サッカー漫画のヒーローと話すことができました。

 

 

とても満足です。