4月。
年度の変わり目の日です。
今日は、大袈裟かもしれませんが、自分の再スタートの日とさせてくださいませ。
前回のブログは、なんと11月の後半。
ネギの話からパッタリとブログを書かなくなったんです。
というよりも、書く気力を失ってしまって。
原因は、自治会でした。
12月の初め。
約3ヶ月ぶりの、久しぶりの役員会を実施。
議題と言っても、もう次の年度の班長さんを決めといてくださいね、ぐらいの話題でした。
「ということで、次回は年が変わって1月です。ではこれで終わりと・・・」
と、終わりかけた時。
ひとりが手を挙げます。
「先日、うちのゴミステーションのお掃除当番になられたお年寄りが、お掃除が大変だと言っておりまして。
そう言った場合に、順番を飛ばしてあげられるようなことを、自治会の会則に入れていただきたく。」
んー、なるほど、確かに言っていることはわかるが、もともとゴミステーションのお掃除当番と自治会は分離しているはずですが。
そうでないと、自治会に入らなければゴミステーションのお掃除やらないでいいことになるし。
ま、ここは即答は避け、
「今は会則に登板そのものの話が入っておりませんから、ちょっと入れるかどうかは考えさせてください。」
すると、いろんなところから話が。
「うちのところは、そんなの関係なく自由にやってますよ。」
「この前、うちのところのおじいさんも言ってた。」
「そんなの助け合いでしょ。」
「市役所に聞けばいいじゃない。」
「会長、聞いといてよ。」
・・・は?
さらに。
「当番やりたくないから自治会やめるって言われたよ。」
「じゃあそれも会則に入れちゃえば?」
「会長、部屋が寒いんだから、はやく終わらせろよ!」
「自治会に入らないと、なんか困ることあるのかね?」
「やめるって、それ、勝手じゃない?」
「会長、会議時間過ぎてるよ!」
「会長、次の班長って、どうやって決めるんですかー?」
「会長、やめるって言う人になんて言うんですかー?」
「かいちょー。」
「かいちょー。」
ここで体に異変が。
声がかすれて、出てこなくなった。
なんとか声を絞り出して、
「・・・えー、持ち帰って検討します・・・」
と、逃げるように会を終わらせました。
実は10数年前、会社の人間関係で悩んだことがあります。
悩み始めて1年ぐらいたったとき。
会議で発言を求められたときなんかに、よく声が出ない時がありました。
全身、汗ダラダラで。
シャツの色が変わるほど。
しかも頭が真っ白になって、手が震えて、それを怪訝そうに見る同僚の人たちの顔をみて、余計声が出なくなって。
それがしばらく続くと、今度はやたらとイライラして、いろんな人に当たりまくって。
そんな自分が嫌になって、落ち込んじゃう。
それをぐるぐる、ぐるぐる、延々と。
見かねた上司が、会社の保健師さんに言ってくれて、心療内科を紹介されました。
心療内科で言われたのが、
「あなたは『社交不安障害』である可能性が高いです。そこから鬱を併発しています。」
そうか、病気だったのか。
さらに。
「心の病気というのは、割れたガラスのようなものです。ヒビは修復できますが、ガラスを交換することはできません。ですので、そういったストレスの高い環境に自分を置かないことが一番です。」
そこから数年、お薬と共になんとかやってきまして、ここ数年はお薬なしでやってこれました。
しかし、油断しました。
自治会長になって、ストレスが高まって、そしてこの役員会。
ヒビが、また入ってしまったんですね。
数日会社を休み、そのあとなんとか持ち直したものの、次の役員会に対してこのような対策をとりました。
・妻ちゃんが議事のメモをとる
・質問を受けたら、妻ちゃんがメモをとり、すべて「持ち帰って検討します」と答える
・話すことの原稿を読むだけにし、それ以上のことは話さない
これは、ぼくが治療中に会社でやっていたことの応用で、考えないで会議を乗り切る方法でした。
あのときは上司でしたが、今回はそれを妻ちゃんにやってもらうことに。
妻ちゃんに、感謝!!
そのあいだ、自分を守ることで必死で、正直他人のことなんてどうでもよかったですし、関心もなかったです。
ましてや自分のことをブログに書くような心の余裕もなく。
だもんで今、かなり久しぶりにアメブロを開いて、自分のフォローしている人たちの未読ブログが、まあ大量なこと。
そうやって、この年度末まで乗り切りました。
そして4月。
ついに、新自治会長への引き継ぎを終え、ようやくぼくの春がやってきました。
花粉症さえ我慢すれば、心は晴れやか。
そこまでの話は後程として、今はこの自由を満喫したいです!
再、スタートです!
【8号議案:議事録】
記述なし・・・妻ちゃんの議事録参照のこと!(見せないけどね!)