日時:2023年1月16日
コース:参道入口→羽黒神社→羽黒山(小富士山)→西尾根→石碑→館山城跡?→参道入口
(宮城)
朝日を背にした羽黒山(小富士山)です。昨年は綺麗なダイヤモンド小富士?でしたが、今回は雲が掛かったダイヤモンド小富士?でした。
石巻市の羽黒山(小富士山)は地理院地図に山名は書かれていませんが、山頂に三角点と山腹に羽黒神社が有ります。山名について、宮城県神社庁HPでは羽黒山、小富士山と、石巻市のHPでは鳥屋森とも言っています。また、三角山などとも言われています
南西側から眺める羽黒山(小富士山)とその手前(西側隣)の館山城跡?の北峰と南峰です。当日は羽黒山(小富士山)を神社から登り周回し、その後館山城跡?の南北峰を歩きます。※小富士山と富士沼との間の小高い岡に館山城が有ったと言われています
羽黒神社(表)参道入口です。羽黒山(小富士山)を御神坂(表参道)から登り周回して来ます
緑の絨毯を敷いたような羽黒神社の御神坂(表参道)の石段です。本殿までコンクリート階段188段、本殿石段35段有るそうです。以前、羽黒山に登った時に地元の年配の方に教えて頂きました。また山腹の本殿までは、北側の針岡側からの(裏)参道「赤い鳥居」からも来れますが林道歩きが長いです。※当日、御神坂(表参道)を清掃していた氏子さんに山名について伺いましたが「小富士山」とは言っていないそうでした
羽黒神社本殿です。※(宮城県神社庁HP)鎮座地を羽黒山といい、又俗に小富士山と呼ぶ。山麓に大沼あり、富士沼という、文治年間藤原秀衡牡鹿郡石巻鳥屋崎の羽黒神社と同時に奥州羽黒社を山頂に勧請したと伝える。後、江戸時代に至り文政2年6月今の山腹に遷座する
本殿石段手前に狛犬が並んでいました
山頂へは登山道は無いので、羽黒神社本殿脇から針岡側からの(裏)参道ヘ進み、途中から藪道の急坂を登ります
杉植林された藪岩の急坂をダイレクトに登ります
羽黒山(小富士山)の4等三角点(点名・姥懐144m)山頂と石碑です。山頂周辺はスギの木立で囲まれ展望は有りません。昔は山頂付近に神社が有ったそうですが当時の痕跡は見当たりません
山頂に有る「羽黒山神社旧跡」の石碑です
山頂から眺める富士沼です。山頂から緩やかな西尾根を下ると、富士沼を挟んで対岸に福地山が見える箇所が有りました。西尾根の緩くなった箇所から(表)参道入口方面へ下りました
ヤブの南西尾根を下って来ると、車道より一段高い所に観音様などの石碑群が有りました
羽黒山西尾根末端(道路より一段高い所)にも石碑が有ったので、確認しましたが字が読めませんでした
羽黒山(小富士山)を下った後は、羽黒山の西側に有る館山城跡?を南側から登りますがヤブ岩歩きです。また下った北斜面もヤブ岩です。※小富士山と富士沼との間の小高い岡に針岡平塚氏の館山城が有ったと言われていますが、この小さな山が館山城でしょうか?
館山城跡?の南ピークに石碑が有りました。これが城跡に有ると言われている古碑でしょうか?
北ピークへ行きますが、鞍部から西(右)側方面へ廃作業道が有ります
館山城跡?の北ピークの山頂は台地状で屋敷跡?のようで岩が多く点在しています
館山城跡?の西側にヤブの作業道・畦道が有りました
当日見たオジロワシとオオワシのバトル
オジロワシが枯れ木のテッペンに止まっていました
オジロワシが飛び出し、湖面に向かっています
オジロワシは足を出しています
オジロワシは魚を獲ったようです。が
何処からとなくオオワシが飛んで来ました
餌を持ったオジロワシを追いかけるオオワシ(右)です
今度はオオワシを追いかけるオジロワシ(右)です。オオワシが餌を横取りしたようですが、餌を落としたようで持っていません
再びオジロワシが魚を獲ったようです
執拗に追いかけるオオワシ(右)と逃げるオジロワシですが、オジロワシは餌を持ったまま遠くへ飛んで行きました
追いかけるのを諦めたオオワシです。横取りし損ねたオオワシは此方へ向かって来ました
オオワシは木のテッペンに止まり、疲れたのか暫く休んでいました
今季初めて見たオオワシのアップです。オオワシは中々飛び立たないので私の方が根負けして早く帰りました































